ブログ - 20200422のエントリ
コロナ禍による緊急事態宣言は、感染者数が減らないことからみて、6月まで引き延ばされる公算が強まった。小中学校、高校、大学、会社が閉鎖になり、飲み屋もカラオケ店も、デパートも休みになった。川崎市の郵便局では局員に感染者が出て、数百人が休み、7万通の郵便物が配達されずに溜まっているという。
社会が崩壊しはじめた、そんな気配がするが、これは人類の歴史上初めてではないか?目に見えないウイルスによって壊される気持ち悪さである。ペストが流行った時も人々はこんな気持ちになったにちがいない。と考えたが、野間宏の(崩壊感覚)という暗い小説を思い出した。太平洋戦争によってそれまでの社会と個人の精神が崩壊した様子を描いた作品である。強い印象を残していた。
コロナ禍は敗戦につぐショッキングな出来事である。どんなふうに解釈したら良いのか?と考え込んでしまい、わからなくなる時がある。
これから識者たちが少しずつ解釈の手を入れていくに違いない。
自分は何をやってもダメな男であり、精神も崩壊しかかり、死も近づいているのでそれほどのショックはないが、希望に満ちた若者たちは苦悩を抱えこんでしまったであろう。仕事を失って家で子供や妻の将来に不安をおぼえ、学生は、アルバイトや仕送りがなくなり、実家に帰ろうにも自粛を要請されている。行き場がなくなり、自分と自分の精神に向き合わされてしまうことになる。人生で初めて出会って途方に暮れる若者もいるであろうし、零細業者は先が真っ暗闇になってるに違いない。自分の人生を振り返ってみると人生の途上で何度か死ぬことによって生きながらえたことがわかる。十回ほども死んで、そのことを自覚した。
(ソソ、ソクラテスか、プラトンか、みんな悩んで大きくなった!)とテレビのコマーシャルで叫んだ野坂昭如氏。彼も戦争でひどい目にあい、立ち直って毒舌をふるった男である、逞しかった。
若者よ、崩壊してもいいのである。そこから這い上がり、一段と逞しくなって、新しい人生と社会に生きようではないか!