火炎
岸辺風士
第一章
鉄製のドアを引くと、重い手ごたえと金属の苦しげなうなりがかえってきた。長々とうめいて訪問者を拒絶した。
部屋の中は闇が沈黙し、智樹を無表情で見かえした。
気のせいか、智樹は勉の匂いをかいだ、と思ったが匂いではなく存在感だったのかもしれない。
男の孤独がおたがいを嫌悪、反発し、触れるのを拒んでいるのがわかった。腋臭のにおいのように鼻につく。
智樹に青春時代の自分がよみがえり、消えていった。
勉の姿を探したが、人影も気配もない。
明かりがちらついたので、窓辺に目が向いた。
街路樹の葉であろう、ふさふさと垂れて曇りガラスに映し出されていた。人知れぬ世界で顔を寄せ合い、分からぬ言葉でささやきあっていたが、侵入者の姿を見やってか、黙りこんだ。智樹に出会わなければ誰の目にも触れず、枝葉をこすりあって遊んでいたはずである、物だけの世界で。
突然、窓ガラスに激しい光が現れた。侵入者にギラツき、帰れと言わんばかりに睨みつづけた。道路からの車のライトであろう。葉の群れを大きく照らし出し、くっきりした影絵を長く引き伸ばしながら、消えていった。
それが過ぎると葉の群れは街灯の明かりを受け、おぼろげなまだら模様になった。葉の形を失い、見る者によって何とでも、幽体にでも見える姿になった。曇りガラスに張りついて揺れ動き、せめぎあい、寄ったり退いたりしている。感じとれない波動であろう、それを用いて気持ちや意志を伝え合っているに違いない。変幻自在な怪しい生命体になって、部屋の中に闇の生気を呼び込み、夜の到来を告げている。
勉の姿はどこにも見当たらなかった。
食あたりを起こして苦しい、と言ったのだから出かけるはずはない。
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火炎p2 |