ブログ - 20161008のエントリ
心を自然の一部、つまり天気模様に例えるとよくわかる。美容整形をしたとして、(秋晴れの爽やかな青空)のような心にしてみたとしよう。世の中にはそんな顔つきの人がいる。顔そのものが笑顔で優しい。ところが心の中は異なり、相手を疑っていたり悪意を持っていたりする場合がある。確かに(秋晴れの爽やかな青空)の心であれば心理的にも楽しいし、物事も客観的・楽天的に見える。同時にそれが油断になる場合があり、天候も急変して雨・雷に変わる場合があり、備えのない楽天家は傘の用意もなくびしょ濡れになる。
心が曇り模様であれば雨に備えて傘を持つことになる。雨に濡れなくてすむ。
顔の整形美容をした人は老顔になることへの備えがなく、年取って皺が寄り醜い顔になってる場合もある。その時はまたお尻の皮膚を顔に付けたりしてやり直すであろうが。
心は天気模様と同じように晴れたり曇ったり雨になったりすることで、(晴れ)のすがすがしさもわかるのであって美容整形など必要がないし、意味がないということである。
一部の人達、被害妄想にかかっていつも人の動きを猜疑心で見て間違った判断をする人や南極・北極の天気みたいに冷酷な気持ちで他者を見る人は心の美容整形が必要かもしれない。(ペース・メーカー)の代わりに人工知能による(ハート・メーカー)が必要であろう。すると自分の心がどんな間違った判断をしていたかが良くわかる。
人間は心を持っているから、私など、俳句の会やカラオケ教室、英会話教室、障害者のグランドゴルフに通い、すごく楽しい思いをさせてもらっている。人間であることの有難さを感じる。