ブログ - 20220614のエントリ
はっきり記憶しているだけで、これまで五回ほど死を免れたことがあった。一度目は十八歳のとき、すべてに失敗して自殺をはかったのだが、それにも失敗したのであった。小学校の時から受験戦争にかり出され、がんばったが最終的に第二志望の大学に落ちた。どもりの矯正所に通ったが治らない。自律神経失調にかかり、頭はぼんやりして、燃え尽きていた。どうすれば良いのかわからない。やけになって、修学旅行の良い思い出のあった箱根の山を彷徨していた。そこで予定していたとおり、睡眠薬とウイスキーを飲み、トイレの中で首をつろうとしたが、睡眠薬もウイスキーも効かず、ロープに中に首を入れてる自分を知って、虚しくなった。
二度目は東京で、土方のバイトをしていて、建設中のビルの十階から脚を踏み外して落下しそうになった。片手を出し、仮場の鉄パイプを握って這い上がった。そして、次は地下鉄工事であったが、ダンプの荷台に乗っていてそこから地下に落ちそうになったが、体を支えて助かった。
次は、集金の仕事で、バイクで走っていた。道の左側は草むらになっていたので地面だと勘違いし、左足踏もうとしたが土手になっていて転がり落ちた。幸いゆるい斜面であったので、這い上がりバイクごと持ち上げた。
次は、ある女が、男と決着をつけにやってきた。が、男は出払っていて、戻ってくるまでわたしと同居する羽目になった。男が戻ってくると言った寒い夜、女と電気コタツをはさんで向き合っていた。寒いやろう?こっちに来ない?という言葉に女は寄ってきて抱き合った。数十分後に男は帰ってきて、俺の女に手を出しやがって!と叫んだ。その前にわたしは女と体を離し、衣服をつけさせていた。性交渉まではすすんでいなかった。あと、数分遅れれば性交渉に入っていて、わたしは殴り殺されていたかもしれなかった。
次は心臓のカテーテル治療してもらって、二度、失敗し、治療が終わりました、と言われて、夕食をとっていた。そこで心筋梗塞を起こした。十人ほどのスタッフが呼び集められて、緊急治療をして助かったが、夜中であれば手術ができずに死んでいた。
この五件を振り返ってみると、間一髪のところで(死ななかった)のである。助けられたのである。
なぜであろうか?
単なる偶然なのか?
なにかの誰かの意思が働いていたのか?
と、考えるのである。
そこで神はすべての生命を生かし、幸福に導いてくださる、という言葉を思い出せば、つじつまが合う。だが、五件の事例にであって死んでいたかもしれないし、死んだ事例もあるはずである。その境目は何にあるのか?
わたしは特別に信仰深いものではないし、立派な人間でもないが、75歳まで死ななかったのは不思議である。どうしても、そこに神の気配を感じてしまう。