ブログ - 20220601のエントリ
近頃、神に祈ることを忘れたように、手を組むことが少なくなった。信仰が少なくなったわけではなく、(科学者はなぜ神を信じるのか)という本を読み、神について考えてもいる。科学者たちは聖書を神話として読み、祈っているようで科学との矛盾を考えてはいないようである。
話しは飛ぶが、毎朝、目がさめ、起き上がるのが苦痛で、いやになる。このまま目がさめず、仮死状態でいたいと願っている。その状態は死んでもいるし、生きてもいる、という(シュレディンガーの猫)の理論に似ている。毒ガスの発射する箱の中に猫を閉じ込めていて、猫は生きているか死んでいるか?と問われ、生きてもいるし死んでもいる、と応えたという有名な話であるが,自分はこれを哲学的に考える。けれども、私達の日頃の生活は良いのか?悪いのか?の二者択一的であり、そうでなければ日常生活は送れないが、突き詰めて考えればすべての事象は(塞翁が馬)であり、良いことと判断すれば良いことであり悪いことと判断すれば悪いことなのである。観測者の判断が入るまでは両者は重なっている状態なのである。
昨日は一週間ぶりにスーパーのカート整理のバイトをした。四時間休憩なしなのとお客さんの人混みを縫うような動きをしなければならないので疲れ、めまいを起こしそうになる。足腰も弱っているので倒れればすぐに解雇である。
だが、終業が近づくと元気が出てくるのである。これをやり終えれば開放されるし、二日間は自由になる。そして、今日は開放日で、なにをしてもいい日である。嫌なことが過ぎれば天気模様も変わるのである。