ブログ - 20220606のエントリ
あらゆる観念や現象は二項対立の枠におさえられており、わたしたちはその中で生活する以外はない。美しい、醜いとか、気持ちいいとか気持ち悪いとか、高価とか低価とか、頭が良いとか悪いなどそのカテゴリーから自由になれる者はいない。天気でさえ、晴れようが雲ろうが自然なはずなのに、良い天気、悪い天気と毎日言われ、たえず評価されている時代である。資本主義が自由競争を生み、繁栄していく中でこの構造はますます強固になっていくばかりで、金儲け主義に引っ張られるだけである。ウクライナ戦争だって軍需産業があやつっているようなものである。孤独で貧乏な老人であるわたしなど、すべての評価基準から外れ、カスみたいなものであろう。
高評価を受ける者はいい気分であるが、低評価を受ける者は自殺さえしてしまう。鼻や唇の形が少し違うだけで判定が変わり、世間の目は見逃そうとはしない。近頃の眉目秀麗現象には圧倒される。道を歩く男や女テレビに現れる彼らが揃いも揃って、弓形の濃い眉毛、ぱっtりした目なのである。それはこの二、三年のうちにかわってしまったのであるから、異常としか言いようがない。
二項対立から外れた世界に生きることができれば、世の中はもっと希望に満ちるはずである。老いてはいるけど心は若い、学校の成績はわるいけどすごく勘が良い、醜い女だけど心が優しく、そこに色気を感じる、貧乏だけど働いていて生きがいがある、など違う見方をすればいろんな発見ができるのである。いろんな顔や生き方に価値を見つけることができるのである。が、教育の分野でそれを取り入れようとする気配はない。一流大学出の公務員が采配を振っているのであるから期待するほうが無理である。
そのうち、二項対立から序列をつけるようになって点数までつけるようになるかもしれない。それだけではなく、差異や格差は悪いから平等でなければならないという主義が時代に取り組まれてしまっている。男と女のちがいなどあってはならず、女も働き、男も子育てをする、そして、男らしさ、女らしさも許されない。職場でそのことを口に出すだけでセクハラで訴えられるのである。
何という時代だ!などと口に出せば白眼視される。なんという時代に生きているんだ!わたしはここで声を大にして言いたい。差異や格差があるからエネルギーが生まれるのである。それらがなくなれば月のl表面みたいになにもない砂漠になってしまうしかない。