ブログ - 20241018のエントリ

  今日は今年最後の草狩りを、終えて、ほっとしている。三十年前まで住んでた家だが、借地であったために地主に返し、そこの草刈りを毎年頼まれている。春、夏、秋と年に三回刈って、4万円をもらい正月を超す貴重な収入源である。二百坪であるが、全面に草が生え、一回につき三度刈っている。

 二週間前に入口の手ごわい草を刈り、疲れていたし、本宅の草刈り、野菜作りもしなければならない。長い草が草刈り機にしがみつき、三度、四度と刃を叩きつけねばならい。十分もやると汗まみれになり、十月末の今になっても酷暑は衰えない。昨日はススキの生えた場所に入り、四分の三ほどが軽く刈れて安心していた。今日は仕上げの場所であったが、枯れた子竹があちこちに放置され、刈りにくかった。

 昨日、ブタクサの中に白百合が一本伸びているのを発見し、あさっての日曜日に教会に持って行こうと考えていた。セイダカアダチの黄色い花がブタクサと呼ばれていることを最近知った。何とも面白く、ブタクサと呼ばれて気の毒になっていた。人の背丈にも伸びる頑丈な草だが、人間にとっては邪魔になるだけである。その中に白百合がスタイルよく伸び、まわりのブタクサたちを見下すように咲いているのであった。やはり野草とはちがう高貴さがあって、人間世界を思わせる。枯れ木の幹に腰を降ろし、水を飲みながら、ゆっくり鑑賞したのである。

 球根で増える花がなぜ、こんなところに生えているのか不思議であった。以前住んでいた頃の記憶にはなかった。球根系であるが、受粉をして種にもなるのである。鳥が食べたりあるいは風によって運ばれるのであろう。

 よく考えてみると花はもともと野草であったが、人間に可愛がられて(花)に昇格したに過ぎないのである。故郷の空気や仲間の草たちを思い出しながら悦に入っていたにちがいない。白百合のまわりのセイダカを刈り取っていくと、白百合はもたれていた仲間を失い、倒れそうになっていた。まわりは残してやり、明日、切って教会に持って行こうと考えた。

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