ブログ - 20240910のエントリ
十年前、NHk集金の仕事をやめて、近所の大学の公開講座に通ったことがあった。東京での若い頃のキャンパスを思い出しながら、なんと静かになったことか?とおもった。マイクでのアジ演説もなければ部活の勧誘光景もなく、ただ留学生の姿が目に付いた。
物理学をもう一度勉強したかったのであった。(基礎物理学)という課目を選択した。理数系は不得意であったが、哲学には興味があり、その両者の関連に興味があった。高校時代に学んだ物理、数学、化学なども学科を思い出しながら、学んでいくと、やはり数式の持つ力を思い知らされた。たとえば、E=MC(二乗)など真理を突く数式がたくさんある。
ある時、教授に質問した。E=MC(二乗)の真理はわかりますが、(人が年老いて肥えながら体力が落ちるにおはなぜですか?)という質問であった。教授はしばらく考えていたが、(それは専門外なのでわかりません)とこたえた。
そこ言葉を心に残しながら、正直に答えてくれた、と考えた。
それから教会に通ってキリスト教を学びながら、あるlことに思いついたのである。科学は物質世界の出来事が対象であり、精神や霊を持った生命の世界の事ではない、ということである。重いものを持ち上げる場合、一人より二人の方が力が出る、と考えるが、そうではない。一人であっても火事場の力を出せば二人分の力が出るのである。物理学ではその世界のことは無関心であり、専門外なのである。
そのように考えると教授の言った言葉は真理を突いていた。
教会では霊の世界の話が中心であり、物理化学など登場はしない。どちらも自分たちの世界にしか関心がなく、無関心である。ここで両者が統一できなければいつまでも平行線をたどるだけである。統一できた時、それが本物の真理になるのである。