ブログ - 20220425のエントリ
毎日のニュースでウクライナ戦争を見るにつけ、憂鬱な気分になる。プーチンを殺してやりたい、という意見をよく耳にする。ロシアへの経済制裁によって世界は苦しくなり、自分の生活も困窮していっている。プーチンがウクライナを侵略しなければ、環境破壊というマイナスの要因はあったもののなんとか凌げそうな世界秩序であったのに。
昨日の日曜日は、教会の日曜礼拝だとおもいついて、教会に行った。生命の仕組みの不思議さは聖書の創世記に書かれれいる、と信じている。生物が繁栄し、生き延びるように神は言っているのである。
だが、違うことに思いついて、女牧師に問うた。(先生、数億年前、人類はまだ発生していない時、単細胞の時代がありましたよね?)(はい、知っています)(単細胞であれば争いもなく、細胞分裂で増えていたのに、神はなぜ男と女に別れさせたのですか?)問うと、彼女はまゆにシワを寄せた。(オスとメスに別れたために争いが起こったじゃないですか?)というと、彼女は顔を曇らせたままであった。
どんな組織に入ってもわたしは難しい男という印象を持たれてしまう。
帰宅して、自分の質問を考えた。キリスト教に入信する前であれば、それは競争原理を導入して強いものが生き残るようにしているんだ、と考えていたが、キリスト教はそうではなく、弱いものも含めて神はすべての生物に愛を注いでいる、という考えなのである。ところが、人間は神が禁じていた善悪の木の実を食べたがために、死という罰を与えられた。他方、、ゴルゴダの丘で処刑されたイエスは三日目に生き返り、復活はあり得ることを示唆している。聖書を思いかえすと、ソドムとゴモラ、ノアの箱舟におけるように、そして復讐するは我にあり、と神が言っているように、神は人間を滅ぼすこともあり得るのである。一粒の麦も死なずば、の言葉にあるように死滅することのも意味を見出している。
そして、神に忠実なものだけが生き残る・・、のではないか?
はっきり言えば、神は、死滅は生き残るための必要条件だと考えているのではないか?そうしなければ地球は生命が増えすぎて食料がなくなり、全滅するしかない。
だから、プーチンみたいな悪魔を出現させ、人間を殺させ続けているのではないか?