ブログ - 20111227のエントリ
そのことをご勘弁願いたい。酔っぱらって話せる相手がほんとうの友である。年齢や性別を超えてである。若い人はこれからいろんな人に出会うだろうが、酒をのんでとことん話せる相手はまず信用して間違いないだろう。素面で多弁で口当たりのいい相手はまず警戒すべきである。どことなくとっつきにくくて、硬い相手は信用して良い。これは男と男、男と女の関係においてそうである。
いくら金があっても人と付き合えない相手は不幸である。自分を構え、良いようにみせかけなければならない者はそうである。(こんな人間がいたって良いじゃないか)と居直れるかくらいの人間が欲しい。
(心を割ってみよう)そうすれば人間みな兄弟ということがわかるし、人間の生き方なんて一般常識にとらわれた程度のものであるということが十分にわかってくる。
心と心が理解しあえ、いっしょに飯を食い、枕を共にできれば社会でいきることなんてどこがむずかしいか?考えて見れば簡単なことじゃないか。腹が減ったら飯をくいにきませんか?泊まるところがなかったら泊まりにきませんか?話し相手がなかったら話に来ませんか。それでじゅうぶん間にあうことじゃないですか?
この社会においてなぜそんなことが出来ないんでしょうか?