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プラスを楽しみマイナスを肥料にする

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日記
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nakamura 2025-3-27 10:32

  昨日は三時間ほどカート整理をした。疲れが残っているか?と不安であったが、今朝は、五時に起きた。もみ殻をポンコツ車に積み、コイン精米機によって、ぬかを三袋、取った。それからいつもの産直店」に行って、もみ殻とぬかとおろした。両方とも今月は売れ行きが良い。産直店の向かいにある精米所に行くと、うれしいことにもみ殻が残っていた。十五袋ほどとると、いつものスーパーに寄って、ビニール袋を三袋買った。それから、帰り道に先ほどのコイン精米機に寄ると、ぬかが二袋、取れた。それで帰宅して、昨日買ったトマトの苗を植えることにした。

 こんな生活ですごしているが、健康でさえあれば幸福である。鬱になる時もある。足腰が弱り、布団から起き上がれない日が来る。働けなくなれば国民年金では生きて行けそうにない。スマフォの電話帳を見れば削除して去っていった知人が目に付く。もみ殻もぬかが売れない・・・。顔なじみの老人たちが施設に消えていく。自分の番がくるみたいであるが、金はない。

 わびしい、寂しい時には句が生まれ、女を想い、心が文章になる。売れるものではないがせめてもの生きがいである。マイナスを肥料にして生きるのである。

人の目が人を作る

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日記
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nakamura 2025-3-26 7:05

  昨日はカート整理の日であった。ポイントデーだったのでお客さんが多く、カート整理が間に合わない、自分が倒れるのではないか?と心配になったが三時間をやり終え、ウイスキーを買って飲んだ。掃除の女の人がいて、立ち話をした。わたしが火曜日に仕事をすることを知っていて、それを気にかけているようであった。あなたはどこか品があって、学歴も高くて、良いところのお坊ちゃんじゃない?と言われ、若いころは言われたことがあったが、年老いてからは初めてなので驚いた。わたしは自分の本当の姿を知っているのでそんな言葉は事実を当てていないし、嫌いであった。

 助平ったらしい顔をしてる、とよく言われたというと、彼女は笑い、顔を赤らめた。その言葉を思い出すと、自分を嫌う女はそういったが、好きになった女は、色っぽい、といった。布団の中で目覚め、女の顔を見つめていると、助平ったらしかったのであろう、ビンタをくれたこともあった。

 この歳になって誉め言葉をもらうとすごくうれしい。その言葉を思い出すと元気が出るのである。

 来週会ったら、食事にでも誘ってみようか?春が来た、みたいである。

 

心で歌う

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日記
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nakamura 2025-3-9 8:23

  町内のカラオケ同好会に通うようになって3年ほどになるが、まだ続いている。どこに行っても喧嘩をするといわれたわりには続いている。公民館で毎週、歌っていて、楽しく過ごしている。ほとんど老婆ばかりであるが、化粧をしていて、老婆らしい女はおらず、男たちも元気がいい。十人程のメンバ^ーで活発である。午前九時から始まるが会長はその前からマイクを握って歌い、叫び、耳が痛くなるほどである。古参の女はいつも声高におしゃべりをするが、マイクを握ると笑い、泣き叫んで歌う。若いころにもどり、顔からしわも消えて、色っぽくなる。この前は、手が温かいわね!と言って私の手を握ってくれ、そんなことがうれしかった。もう一人の女は以前スナックで働いていたといい、心のこもった魅力的な歌い方をする。95点の点数が出ていた。自分はいつも八十点くらいである。もう一人の女は日本舞踊も習っている人で天を見て踊りながら、歌い、涙を誘われた。

 自分は毎回、自分の歌を録音して、帰宅して聞き、点検し、、心で歌っているかどうか調べ、改善していっている。歌手と呼ばれる人たちは、歌い始めから心が入っていることがわかる。もう少ししかない人生だが、最後は町の施設のステージに立って歌いたい。一年前に、先輩が車いすに座って歌ったことが思い出される。

モグラの穴にタネをまく

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日記
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nakamura 2025-3-8 7:17

  少し暖かくなったので、種をまいた。昨年収穫したゴーヤとかぼちゃの種が残っていた。どこにまこうか?と考え、土の軟らかい場所にした。畑の土は全体的には硬かったがそこだけふかふかに柔らかいのであった。よく見ると、あちこちに穴があり、モグラの掘ったあとだとわかった。モグラはミミズが大好物なので、そこにはミミズがいて土が肥えているのであった。モグラは堀跡は残すが、姿を見せることはない。カラスや野良猫に狙われているので警戒心強い。鍬を軽く入れるだけであっという間に耕した。とりあえず、二つの畝に50粒ずつまいた。石灰t化成肥料をかけてやった。

 ゴーヤはつるを作ってやるのが面倒なので地面に這わせることにした。四月ごろには芽をだし、あちこちに這いまわるであろう。野菜高騰のおり、知人に分け与えれば、喜ぶであろう。先月、沢山なったレモンをわけあたえてやったら、はちみつ漬けにしたらおいしかったと喜ばれた。貧乏暮らしだけど人によろこばれることのある生活でもある。

男と女の共生関係

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日記
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nakamura 2025-3-6 7:51

  肩を軽くたたいたとか手を触ったとかが、セクハラだとわれてメディアに取り上げられる世の中になって、わたしは息苦しくなっている。自分だって過去にそんなことをしたことは何度もあるし、そんなことは全くしないという者はいないはずである。識者たちはこの問題に触れることを怖がっているし、メディアも本質に迫ろうとはしない。

 メディアは視聴率稼ぎのためにほぼ毎日取り上げ、視聴者は有名人たちがパッシングを受けることに快感を覚えているであろうが、明日は我が身なのである。

 男と女は体の構造からしてちがい、そのことが性的トラブルを起こすことが多いのである。凸部と凹部は凸部からのほうが物理的に挿入しやすい。だから、それが男の自然のベクトルになっている。当然暴力的に行ってはいけないことで合意が必要である。その構造が精神にも及び、男らしさ女らしさが生まれているのであり、その表現がセクハラだというのは的外れであり、両方の特性を尊重しあって生かすべきなのである。

 あるキリスト教会で、何十年間も通い続けていた中学生と高校生が三人とも来なくなった。信者たちは心を痛めているが、自分は仕方のないことだと思った。聖書は淫行を禁じている。思春期の彼らがそのことにぶつかった場合どのように対処すべきであるか?、牧師も古い信者たちも対応出来ないでいる。

 わたしであれば性は神が与えてくれた最高の快楽・幸福であるがそれゆえに夢中になりすぎてしまう恐れがあるので爆発物みたいに慎重に取り扱いなさい、と教えるであろう。

 

ともに支えあい生きるという関係

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日記
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nakamura 2025-3-4 7:38

  時期遅れで種をまいたせいで、大根もほうれんそうもなかなか芽が出ず、出てもいつまでも小さいままであった。十一月頃に芽を出したが、小さいままで大きくならなかった。あきらめていると、少しづつ大きくなって大根らしくホウレンソウらしくなっていった。まったくわが子を見るよような思いであった。

 誰が芽を出させるのであろうか?と考えると、神の存在しか考えられなかった。

 だれがそだてるのであろうか?

 と考えると、神の精霊である土であった。

 両方とも人の力では及ばないものである。土はさらさらしたスポンジ状が理想的であるがさらさらしてばかりいると、茎や根を支えることができないのである程度粘土質でなければならない。それを考えて土というものができるのであろうか?また、植物が大きくなって葉ができ、枯れて地面に落ちる。分解されてたい肥になり、土に戻る。植物と土は循環している。

 これは動物にも人間にも与えられた作用であるとしか言えないが、この仕組みで生命、地球は成り立っている。

 自然災害や人間社会の事件やトラブルは全てこの誤作動が原因になっている。このことをもっと研究してみたい。

現代の神隠し

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日記
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nakamura 2025-3-1 7:31

  八潮市の道路陥没事故はまだ記憶に新しいが、つい昨日今日のような衝撃を持っている。一か月たっても運転手は見つからず、亡くなっているに違いない。残された家族や身内はどんな想いで過ごしているのか気にかかる。仕事で走っていた道路が突然陥没し、トラッックごとこの世からきえるんなんてまるでSFの世界である。現代は現実がSFに突然変わる怖い世界である。下水道を作る時、菅の耐用年数のことは考えたであろうが、腐食して土砂が入り込むなんて想像もできなかったのである。

 話は変わるが、先日、ヤフーのニュースを読んでいて、人は土を作ることはできない、と書いてあった。思いつくことがあった。わたしは野菜作りや草むしりを毎日しているが、柔らかい土や硬い土、ふわふわしたに出会い、野菜作りに適した土のことを考えながら、土はどうやってできるのか?と考えることがあったが結論は出なかった。人は土は作れないことから、人は空気を作れない、陽の光もついくれない、単にそれらをむさぼるだけfだということがわかった。

 昔の日本人は太陽を拝んだり、道祖神に手を合わせたりして、自然への感謝があったが、今はデジタルがどうのAIがどうの、ということにしか関心がない。

 土や水、陽光、空気への感謝を持つべきである。

 

 

 

 

 

虫になり虫食いキャベツ食べてみる

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日記
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nakamura 2025-2-21 9:04

  野菜の値上がりには驚くばかりだが、幸い、うちには畑があり、食用の野菜は育てている。が、荒っぽい性格なので荒っぽく栽培してしまう。昨年の十月ころ、ブロッコリーとキャベツを植え、大根とホウレンソウの種をまいた。大根とホウレンソウは時期遅れだったせいで一か月たっても芽が出なかった。あきらめていたころ、芽が出て、育ち始めたが、寒さにやられ、いつまでも成長しなかった。ブロッコリーは鳥に食われ、キャベツは虫に食われ始めた。殺虫剤はかけないので食われ放題であった。葉っぱは網目状になって芸術品のようになってしまった。引き抜いて捨てようかと考えながら、網目の葉を取って、湯がいて食べた。おいしかったが、なんだかモンシロチョウの幼虫といっしょに食べてる気分になった・・・。

 こんな食事もレアだなと考え、独りで苦笑っしてしまった。

 ちいさなジャガイモが段ボールに入って九百円で売っていたので買ってきて、四つの畝に植えた。土が雨で湿っていたので桑で穴を掘り、ジャガイモをビー玉のように投げ入れていった。あっという間に植えてしまった。六月ころにどんなジャガイモができるか楽しみである。

秒針や無常打ちては知らぬ顔

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nakamura 2025-2-10 8:16

  先ほど、布団の中から抜け出して、起き上がった。両手を後ろについてやっとの思いで立ち上がり、椅子の背中につかまって立ち上がった。病気ではない健康体であるが、78歳の加齢が起き上がることを拒んでいる。天国のように温い布団は数年先には棺桶に変わっているであろう。

 こんなおれの姿を君はそ想像することもできないはずだ。五十年前、君が大阪の実家に戻って以来、なんどか電話くれたようだがおれは仕事でいなかった。当時、携帯電話はなかった。きみの実家の固定電話にかけることは躊躇された。あの出来事を君の両親に知られることが怖かった。

 いまこうしてパソコンを打っている時、壁の柱時計はあの頃とおなじ動きで時を打っている。これが仕事だといわんばかりの顔である。五十年前はそうではなかった。三度も自殺未遂をした君が、助けを求めておれの家に転がり込み、合計一か月近くも、一緒に過ごしたのであった。食事を作り、五右衛門風呂に入れ、夜は君の部屋に内カギをかけ、俺の侵入をできないようにして眠らせた。君は違う男の女であった。別れ話に腹を立て、自殺をしに大阪から九州までやってきいたのであった。男は出張で不在であった。おれとお前の生活は、密室に閉じ込められた男と女であった。

 俺とお前が黙り込んだまま、汚い食堂間に腰を下ろしている時、柱の時計は仕事をしていた。素知らぬ顔で秒針を打っていた。

 (あの音を聞いてたらわたし、気が狂いそうやわ)

 君はつぶやいたが、ふたりを取り持っているのいるのは、その音でしかなかった。

風寒し枯れ葉と歩く道すがら

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日記
執筆 : 
nakamura 2025-2-5 8:33

  今日は大雪の予報が出て、配食の仕事は中止で、産直店は休日という連絡があった。雪は大雪にはまだならず、庭のあちこちに積もっているだけである。部屋の気温は五度で、暖房はつけていない。

 二月であるがあと一か月もしないうちに三月になり、季節に希望が見えてくる。カート整理の仕事では一人が病気になり、欠員ができている。老人たちが眼前から一人ずつ、神隠しにあったように消えてっている。つぎはおれの番だと考えながら、訪れてこない。自分には見えないだけで予知表には入っているのである。アルバイトのない日は畑の草むしりや堀り起こしをし、春の種まきのことを考えている。専業農家のようにはうまく作れないので作りやすいものを選ぶ。今年はまくわ瓜をたくさん育ててみようと思うがアナグマに食われやしないかと心配になる。ニ、三年前はスイカをアナグマに食われて往生した。近頃はは食べ物不足でカラスがトマトをつついたり、柿の実をつついたりして、自分たちの食べ物が奪われている。自然は食いつくされていくばかりだ。

 広い家にたった一人の生活であるが、俳句をよんだりして、けっこう充実して生きている。町報に俳句が毎月でるようになって、時々声をかけられることもある。

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