ブログ - 201906のエントリ

神は多次元宇宙の中にいる。

カテゴリ : 
日記
執筆 : 
nakamura 2019-6-17 6:49

  昨日の日曜日、二週間ぶりに教会に行った。いろんな会の行事が続いていけなかっのだが、みな、体でもこわしたんじゃないか?と思って心配してた、言ってくれた。(花の日訪問)で家に行って、手紙を投函したの、とある女が言い、わたしはポストに無かったと、答えた。ある人物が持ち去った、とわたしは判断し、事情をうちあけた。たぶん、その人物はこのブログを読んでいるに違いない。

 賛美歌を五度、歌い、聖書を読み、神父の話を聞き、信者達と談笑し、良い一日だった。(皆さん、何かありませんか?)と最後に神父が言った時、わたしは用意していた質問をしようかしまいか?と迷った。誰も質問せず、神父が切り上げようとした時、手を挙げた。

 「唐突な質問だと思いますが」と言って、神父の顔色を見、「創世記には神が天地を作り、生命を作ったと書いてありますが、進化論はそうは書いていません。進化論にたいして、どう思われますか?」と言った。

 中年の神父は平静な顔で、「宗教の見方の見方のちがいでしょう」とこたえ、わたしは同感した。

 以前関わっていた宗派は、進化論はまちがっている、聖書の方が絶対、正しいと主張していた。考え方に柔軟性がなく、すごく硬直し、輸血問題、でマスコミを騒がせた。わたしは彼らの言ってることが正しい?と考えていたが、宗派によって聖書への見方が、こんなにも異なるのである。先ほどの神父は、聖書に書いてあることは事実ですか?と訊くと、聖書は物語的に書いてあります、とこたえ、わたしは同感した。

 ようするに、宗教と化学は異なる宇宙の中にいるのである。量子力学でのべている多次元宇宙である。人間は自分の感知できるものにしか存在を認めないが、感知できなくても存在しているものはたくさんある。電波や超音波など限りなくある。だから、神は、神の宇宙にいて、私たちは一般的な状態では感じられず、観れないのであろう。

引きこもり、の自由。

カテゴリ : 
日記
執筆 : 
nakamura 2019-6-16 7:30

  今日の朝刊に、ひきこもり支援(?)施設に強制的に連れて行かれ、高額の金を払わされた、という記事が出ていた。ジョーク?ではないか?と考えながら読んだが、現実であった。何とも知れない世の中になったなったものである。

 わたしは五十年前、引きこもりであった。原因は単純であった。小学校の頃から、教育ママにしごかれて、受験勉強に青春を奉げたのに、地方の二流大学の試験に落ちた。燃え尽きて、自律神経失調症になった、ドモリが治らない、父母の仲が悪く、父はアルコール中毒で女狂いであったなど、思い返せば確実に分析できた。その頃、自立しようとして断食道場に行って、一週間、断食をしたが、食欲に負けてしまった。部屋に籠り、太宰治の小説を読んで、自分の仲間がいることを知った。小説家をはじめ芸術家なんてほとんどが、引きこもりなのである。その頃、わたしは、お菓子を買って食べ、断食した分を取り返そうとした。夜になると、外に出て、彷徨した。新婚夫婦の部屋の覗き見をした。半年間ほどそんな生活をし、人生の曲がり道を遠回りしながら生きて来た。今は、死、という解放を待っている。

  私の身近に、引きこもりの女がいるが、放置している。引きこもり、が心地良いから、そうしているのである。

 引きこもりは、良い経験になっていた。今は、野菜作りに精を出し、町のいろんな会に出て、言いたいことをしゃべり、時には酒を飲み、カラオケを歌っている。引きこもりなんて、体が許さなくなっている。

 中には一生、引きこもりの人だっているだろうし、それを無理に連れ出して何の効果があるだろうか?時間が薬、なのである。引きこもりの人生、それもまた、人生である。

国家という犯罪組織。

カテゴリ : 
日記
執筆 : 
nakamura 2019-6-13 7:15

  昨日は、障害者のカラオケ練習会だったので、わたしは三人の障害者たちを迎えに行った。家に寄って拾うと、エアコンの入った町営の建屋に入った。その中で、お茶を飲んだり、喋ったり、歌ったりして、一日を過ごすのだ。常々、働いている人達の税金で過ごさせていただいていると考え、有難く思っている。

 昼ご飯はいつも弁当を持って行っていたが、作るのが面倒になり、コンビニでおにぎりを二個買うようになっていた。店内に入ると、いつもは一個、百五十円であったそれが、二個で二百円と張り出してあったので、儲けた気持ちになった。

 昼になって、コンビニで買った弁当を食べ始めた。わたしはおにぎりを食べ始めたが、いつまでも具の鮭に歯が出会わないことに気づいた。えー、鮭は入ってないのか?と考えていると、やっと鮭に出会ったが鮭の味はなく、変な味であったが、呑み込んでしまった。もう一人の仲間がおにぎりを作ってくれていたので、それを貰って食べ,もう一個のおにぎりは食べなかった。

 帰宅すると、胃の具合がおかしく、むかついた。

 一個、百円のおにぎりが原因であった。

 そこで、考えた。

 やはり、あの出来事は反省されて、改善されてはいなかった。

 二十年ほど前のことである。コンビニ漬けの主婦が自炊をせずに、コンビニで弁当を買って、家族に食べさせ、子供にアトピー患者が出た、という話である。今は、お茶でも菓子でも、日用食品はコンビニやスーパーで買っている。その中にどんな有害物質が入っているか?マスコミも厚生省も報道しない。病人が増えれば医者や製薬会社は儲け、業者らは仕事にクレームを付けられないように、政治献金をし、政権の応援をしている。金で、口封じをしているのだ。水俣病をはじめ、社会保険庁を含め、これまでいかに国が国民を食い物にしたかは史実として残っている。改善されず、相変わらず同じことを繰り返している。

 アヘン戦争の歴史をみれば、イギリスは中国にアヘンを輸出し、それで儲けた。中国がそれに反発したから、イギリスは戦争を仕掛けて来たのである。

 国家はある意味で、犯罪者集団であることを忘れてはならない。社会の動きや出来事を調べれば、国家が仕掛けた楽屋裏が見えてくる。

 年金機構から、通知が来ていた。開いてみると、月に5万円の支給額であった。この国は、奴隷のようにこき使った挙句、死ね、と言っている。

 

物忘れ,物がなくなる不思議さよ。

カテゴリ : 
日記
執筆 : 
nakamura 2019-6-9 12:42

  若い頃から記憶力も悪かったが、加齢とともにそれが進行している。この日記に打とうとしていた内容をすでに忘れ、思い出すのに苦労をした。この前は、置いていたはずのケイタイがなくなり、どこかに置き忘れたと考え、どうしよかと考え込んでしまった。でも、待てよ、家の中であれば固定電話からかけてみればわかると、考え直しかけてみた。

 かけて見ると、どこかで着信音が鳴り始めた。行ってみると、浴室の中であった。電話がかかって来ると予想して置いていたのだが、かかって来ないので放置していたのであった。

 でも、忘れるということは、無くなることと同じではないか?と考えた。認知症がひどくなると、妻や夫、子供の識別さへ、出来なくなり、自分が自分であることさえわからなくなるし、過去の出来事も消えていく。これは逆に良いことではないか?まわりが親愛する者ばかりで、過去が良い思い出ばかりであれば良いが、悪いことばかりが残っていれば、苦痛になってしまう。順序として、悪いものから、削除されていけばいいのであるが、どちらかと言えば悪いものの方が腐敗して残りやすい。

 パソコンみたいに自分で選別して、消去できるようになれば、素晴らしいし、いづれ、開発されるのではないだろうか。自動消去装置として。

 すると、痴ほう症みたいに幸福顔ばかりになるのではないか?

草臥れもうけ。

カテゴリ : 
日記
執筆 : 
nakamura 2019-6-3 15:49

  昨日の日曜日は、町営ホールで(北のひとり星)を歌い、まずまずの出来具合であった。何人もの知り合いから誉められた。

 今日は体がだるくて、何もやる気がしない。リクライニング式の座椅子に寝転がって、小説を読んだり、考え事をしたり、ぼんやりしていた。腰が痛く、膝も痛み、腕も痛い。四日間、つづけて、梅の実を竹竿で叩き落としたことを思い出した。5メートルもある竿で何度も伸び上がって、叩いた。始めの頃は、アラレが降るように落ちて来たが、思い切り、強く叩かなければ落ちないようになった。

 昨日、産直店から売り上げの、メールで来ていた。梅の欄は、−50円になっていた。おかしい、と思っていた。客からクレームが出たに違いなかった。二日前に梅の実を詰めて出そうとした時、小さなアリが袋の中で這っていたのであった。潰そうとして、逃げられ、そのうち死ぬだろうと、と放置していた。客はそのアリを発見し、店に返しに行ったのであろう。店は金を返したであろうが、50円の意味はわからない。

 今日も五時ころに目が覚め、30分ほど書きものをし、産直店に出荷するものを考えた。以前、住んでいた家の庭に入り、熟したビワを採り、持って帰って6個ずつ、袋詰めをした。一袋、150円にしようと考え、バイクのボックスに入れた。桑の実が熟していることを思い出し、庭の端に行って、100個ほど採った。一袋に15個入れて、100円で出そうと考えた。

 産直店に行くついでに、コイン精米機に寄り、ヌカを探したがなかった。

 産直店に着くと、すぐに、店長を探し出し、−50円の原因を訊ねた。

 「お客さんが、傷だらけの梅が入ってるって言って、傷ものを返しに来られたんですよ。十個ほどったので、五十円をお返ししました」

 わたしは、

 「よく点検してだしたけど、2.3個は傷ものがあったかもしれません」と言って、謝った。

 アリのことでクレームではなかったので安心した。ナメクジが入っていて、注意されたことのあった。

 食べ物を出すことは難しい。毒草が混入することだってあり得る。損害賠償をされたら、私が払わねばならない。

 自分が梅の木を叩き過ぎたからであった。出していた3袋も売れずじまいであった。

 おまけに腰痛も出たのである。叩かれた梅の実は、売れないことで仕返しをしたのかもしれない。そう考えると合点がいった。

 骨折り損のくたびれ儲け、という幼い頃、口にした言葉を思い出して、つぶやいた。

 

 

ログイン
ユーザー名:

パスワード:


パスワード紛失

ブログ カレンダー
« « 2019 6月 » »
26 27 28 29 30 31 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 1 2 3 4 5 6
アクセスカウンター
2019/06/20:3/36
2019/06/19:46/562

2019/05/21より513/3865