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男女のエロ模様

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日記
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nakamura 2013-9-13 7:39

 わたしは目のギラギラした肉食系の男で、女から嫌われてきました。以前であれば、そんな男ではなく好い男だと訴えたい気持ちがありましたが、今ではそれに(レアー希少性)という視点を与えて主張します。男女のエロ模様は(男女関係)であり、いつまでたっても結論や哲学が見出せません。だから非常に面白いのです。

 66年も生きてくると、そこにある程度の定理みたいなものを見出せます。

 その前に、わたしもふくめて多くの男は女に好かれたいと思い多くの女も男に好かれたいと思っているのは事実ですが、そうなった場合はたして幸福なのかと考えてみると決してそうでもありません。男の場合だと女関係がうまくいかない場合はスキャンダルを起こして仕事を失ったり多額の金を取られし、女の場合だと絶えず男に狙われる危険性も出てきます。もてない男女はその危険性はほとんどなく安心です。わたしの場合がそうです。

 女に好かれる男は表面的には草食系だが実は肉食系というタイプ、あるいはまったくの草食系というタイプです。草食系はおとなしくてひじょうにうちとけ易く、そばにいても安心感のある男です。たとえばこんな男性がいます。田舎に広い敷地を借りて、子持ちの若い女と住んでいます。借家ですが。食事、入浴、トイレはそこでおこないますが、寝る時には男はそばの納屋に行ってその二階で寝ます。冬の寒い時にもそこの布団の中に入ります。彼は敷地内にレスとランを開いていて、もう一つのシングルマザーが通ってきて客に食事を出します。男の行き方考え方(オーガニック思想、人の子でも自分の子として育てる、エゴを捨てる)に共感していて性関係はありません。そんなつながりを5年間ちうかくもって平和に暮らしています。

 わたしは自分があんな男になれれば幸福だろう、とあこがれることがありますがわたしにも個性がありますのでなれるはずはないし、自分は自分の生きかたしかありません。インポになりながらも女への憧れと好奇心はあります。それが女に魅力を与え、生きていくのが楽しくなるのです。

 人生とはそんなものです。自分というものをまっとうする、それが人間そして生物の生き方でそれに異を唱えることはできません。

 こんな俺でどこが悪いのか?

 と、言ってやろうじゃありませんか!

蚊に愛される男

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日記
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nakamura 2013-9-9 0:09

 五日前のことでした。その日は岡垣町議会の傍聴に行く日で、O君が家の門扉の前まで車で迎えに来てくれました。

 助手席のドアを開けて乗り込もうとすると、わたしに付いて来た蚊がいっしょに車の中に入ってきたのです。

 (ああ)と言って、手を振って追い出そうとしたのですが、どこかに隠れてしまいました。

 (蚊っていう奴は本当にしつこい奴だな!)

 わたしはいらだたしく言いました。

 (そんなに苛立つものじゃないよ)

 とO君は言うのです。

 彼自信も苛立つことが多いのにです。

 わたしが黙っていると、

 (良いほうに解釈することも出来るのですよ。自分の血は蚊に吸ってもらえるほど価値があるって)

 彼はハンドルを握って車を発進させながら言い、(ほう?おれが時々言う箴言みたいなことを言うな、生意気に)とわたしは考え、(それはそうだな。歳をとって心臓の手術までして、一日に10錠もの薬を飲んでるおれの体はまだ吸う価値があるんだな)と言いました。

 O君は黙ったまま、うなずいていました。

 午前中の議会の傍聴を終えると、彼の車に乗ってもどって来ました。

 彼に礼を言って、自分の部屋の引き戸を開けました。

 すると、(お帰りなさい)と言うように、部屋の中で待っていた蚊がわたしに寄って来ました。まるで妻みたいです。

 蚊取り線香に火をつけながら、彼の言葉を思い出しました。

 (蚊に愛される男)

 浴室でシャワーにかかり、何箇所かに刺された痛みを覚えました。

 タオルで体を拭いていると、肘と膝の裏側を二箇所、刺されていました。

 

腐葉土の手触りは大地の肌

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日記
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nakamura 2013-9-8 23:18

 庭の地面に、100枚ちかい畳が置いてありました。亡くなった母が雑草が伸びるのを防ぐためにそんなことをしたのですが、井草が腐って強い糸が何本もむき出し、歩く足に絡まったり草刈り機の歯に絡まったりしてすごくじゃまになっていました。8月いっぱいかけてすべて処分しました。クワで掘り出してビニールの糸をひっぱりだし、腐っていないハッポウスチロール製の畳はワゴン車の中に入れて焼却場に運びました。畑の土が舞い上がり、汗まみれになって気分が悪くなりましたが、やり終えてほっとしていました。

 畑のレイアウトをどうするか考えましたが、今まで作っていた畑はニラとサトイモだけを残し、あとは休ませることにしました。畳を取り去った跡地を耕し、そこを自然農法でやってみることみしました。地面を掘ってみると、畳の上にたくさんの枯葉がのって残り、あとは分解して腐葉土になっていました。カリフラワー、イチゴ、キャベツの苗を5本ずつ買ってきました。その畑に穴を掘り、苗を入れ、腐葉土で埋めていきました。枯葉が鳥の羽のようにやわらかく、子供を羽根布団の中に入れてやるような気分になって、すごく幸福でした。(お布団の中でゆっくり休むのよ。これからは店頭に出されてるばかりでなく、おじさんが育ててあげるからね)と心の中でつぶやき、赤ん坊を抱いている時の気持ちになっていました。中には細い茎が切れそうに弱っているのもありましたが、(がんばれよ!)と声をかけてあげました。ジョロに水を入れて、一本ずつの根に水をかけてあげました。暑気が去り、秋晴れの空にはウロコ雲が伸び、うっとりするような気候でした。

 苗はあの産室の中で育っていくだろう。

 だけどあの腐葉土の手触りはなんという心地よさだろうか?人類がアメーバだった頃、泥海の中で育った記憶にちがいなく、それを自分のDNAが思い出してるにちがいない。

 土葬で埋葬去をされていた頃、死体はあの腐葉土の心地よい夢を見ながら土に還っていったにちがいないと考え、感慨にふけりました。

藤圭子の自殺

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nakamura 2013-9-3 7:58

 二日前、藤圭子が東京のマンションから飛び降り、自殺した。

 若くして絶頂をきわめた者の不幸をそこに、わたしは感じた。天才的な芸術家や芸能人は若くして才能を開花させてしまい、後はその花が散るのを待つしかない。(散る桜、残る桜も散る桜)の名スピーチを残し、送別会で仲間の心を打ち、その夜に亡くなった定年退職者が会社にいた。翌日に訃報が会社からファックスで流れてきた。心筋梗塞で亡くなったということだった。驚いていると次の日に本人からのお礼の葉書が家についた。送別会に出ていただいてありがとうございます。退職後もお付き合いのほどよろしくお願いします、という内容だった。時間のずれだったのだが、またおどろいた。

 こんなショックを彼女の死にわたしは覚え、(夢は夜開く)の歌がわたしの脳裏に流れるのだった。(15、16、17と私の人生辛かった)の言葉がわたしの青春に鳥肌を立て、今でも胸を痛める。

 (一から十までバカでした)これはまったくわたしの人生であり、現在もそうなのです。

(赤く咲くのはケシの花 白く咲くのはユリの花 どう咲きゃいいのさこのわたし)としんみり陰にこもって歌い、あの自殺がその咲き方だったのかと短絡させるとあまりにも辛い。

 絶頂を極めることは最高の幸福であるが、同時にそのレベルにひとしい不幸と重なり合っている。

 66才になって絶頂をきわめるどころか、ただ生きながらえているわたしにはすでに(どう咲きゃ良いのさこのわたし)などという言葉はないし、いつまでも夢を見ていればいいし、見る楽しみが残されているわけである。消化そして昇華しきれなかった青春がいつまでもあるのだ(笑い)。

自然界に汚れはない

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nakamura 2013-9-2 11:30

 まさに、自然界に汚いものや汚れたものはないし、それは人間に植え付けられた一般常識というフィルターが感じ見ているにすぎません。それがなければ美しいとか汚いとかの感覚は存在しないのでしょう。たしかに自然界においてもきれいな花にはたくさんの蝶が寄って来て受粉をしてくれるでしょうが、他方、腐れた死骸や糞や葉っぱにはウジムシや団子虫、糞ころがしなどが集まって食べ生存の糧にしています。また分解して土中に返しています。自然界においては美と醜・汚の価値は等しいのになぜ人間界はちがうのでしょうか?地球上においては人間だけがキレイキレイを求め、求めるだけではなく自然を破壊していっています。

 東北大震災における福島原発事故は考えるたびに、その恐さがまざまざとよみがえってきます。当分、放射能は処理も分解も出来ないばかりでなく、発生をとめることも出来ないし、処理や発生を停めるには数百年もかかるということです。

 わたしたちの生活は(悪魔が産んだ天使の生活)なのです。

 資本主義は発展という冠をかぶった破滅教にすぎず、わたしたちの生活は利便性と快楽に酔った地獄への旅なのです。

 今の生活の価値観を考え直し、新しい価値観を育てていくべきです。

元素は物質になって安定する

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nakamura 2013-9-1 2:37

 わたしの高校は進学校でしたが、大学進学の詰め込み教育の場でしかありませんでした。教員達は信念のない受験マシーンばかりで、若者の胸を打つような者は一人もいませんでした。これでは連中を税金で食わすよりは生徒達をラジオかテレビで受験勉強させたほうがましです。その分、節税効果が出るでしょうし、学校は私立校ばかりにして個性と方針を持たせ本当の教育をさせるべきです。今もまだ古い教育体制が残っていることにおどろくばかりです。文部科学省の役人どもは受験産業界とグルになって若者達の青春を食い物にし、名門校信仰の信者の増産体制を維持しています。新聞社も有名人を紙面で紹介する時にはかならず学歴を披露し、文部科学省・受験業界と利権を漁っています。

 わたしは高校時代は化学と物理が苦手で、赤点をとりました。追試でなんとか合格しました。

 こんな事情で、物理化学にたいしても学校生活にたいしても良い思い出はありませんが、今の歳になって世の中を観察すると物理化学の理論が思い出されて面白くなる時があるし、そんなものの見方で授業をやってくれたら少しは面白かったはずです。

 元素は一つの状態にあると非常に不安定で不安定な動きをしますが、人間もそれと同じで孤独な状態にあると不安定で危険な行動に走りがちです。友達、恋人、家族を持ち、社会の中に組み込まれて初めて安定します。逆に孤独である時に希少な精神を発達させ、すごいことをする場合もあります。どちらがいいかはその人の個性にあります。

 HとOは結合し、水になって安定します。

利権社会が産んだ東北大震災

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日記
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nakamura 2013-8-31 5:55

 昨日はとなりの芦屋町に行ってきました。(妹川議員の議会報告会)に参加し、話を聞いてきました。彼は町政の変な部分を追及し、議員たちの中で孤立しながら闘っています。町政の変な部分とは町営住宅の低価格による売却の件、浜辺に植栽した松が枯れているのにまた9100本を植栽する事業、特別養護老人ホーム建設に関する書類偽造など山積していました。彼は昼過ぎに2時間、夜に2時間と報告会をもうけ、スライドを使って説明し、20人の参加者たちも積極的に質問をしていました。

 議員になってまだ2年目ですが、すでに時期の町長を噂され、非常にエネルギッシュな人です。正論派タイプです。わたしは岡垣町前町会議員の西田氏、活動仲間の岡田氏、といっしょに行ったのですが、(ここでもやはり同じか!)と考えました。

 西田氏も正論派です。岡垣町の開発という金まみれの町政を熱心に追及してきました。ところが町長派(ファミリーをつくっている)の議員たちは寄ってたかって妨害、攻撃、イジメを与え、10年間苦しめてきました。西田氏は女です。新参の女をいじめる様子をわたしは(住民投票制定の議会でみましたが、まさに唾棄すべき感情に駆られました。

 わたしは15年間、会社の中で労組の分会長として組合員のために過激に闘ってきました。はじめのころは組合員は積極的に協力しましたが、しだいに離れていくと同時に会社側に擦り寄っていき、わたしを押さえにかかり、また弾避けにするようになったのです。自己中心主義者がほとんどだということに気づきました。集会の声をかけても誰も来ず、来れないという連絡さえもしないのです。二度、そんなことがありました。わたしが休業している今ごろになって、(そろそろ涼しくなったので復帰しない?)などとメールを送ってくるバカがいます。

 ある一人がいみじくも言いました。

 あなたは正論ばかりでしゃべるが世の中は正論では動いていない。

 わたしは核心をつかれ、唖然としました。

 そのとおりなのです。

 社会も政治も正論ではなく、シガラミと利権で動いているのです。岡垣町政のやりかたはサンリーアイ、商工会、体育館、情報プラザ、公民館などあらゆるところに定年退職した職員を雇い、地縁血縁でかためファミリーをつくっていってます。老人会、薬草会などの団体には補助金をやり、ファミリーに組み込み、町長選挙、町議会選挙になるとそこから票をとるのです。まさにブローカーの仕事です。

 東北大震災においては放射能の汚染は何百年も出来ないし、流れ出ることをとめることもできない、という恐るべき事態が判明しました。このままいけば人類は全滅するのです。

 映画(猿の惑星)を思い出します。惑星に着いた主人公が廃墟となった海岸を歩いていて砂の中にうもれていた(自由の女神)像を発見し、地球が全滅したことを知るわけですが。あの場面がすぐそこまで来ているのです。

 権威ある原子力学界や学者、そのまわりにいる役人たちが自分の利益のために真実を隠し、捏造してきた。国民も当たり前のようにエアコンをつけ、快適な生活をしてきた。マスコミもエアコンの温度を一度下げましょうなどとはいわず、逆に熱中症予防のために積極的に使おうと言ってきた。

 その総決算が東北大震災だったのです。

 そのことへの反省もなくまた政府は原発を再稼動しようとしているし、国民も40年前にはやった(馬車馬のように働いて得たものは破壊された自然と空虚な心)というコピーを思い出そうとはしない。

 利権社会は諸悪の根源である。選挙の時は目先の利害に目を向けるのではなく、自分の子供や孫達の未来に目を向けて投票しましょう。

 自然に目を向け、そこから学びましょう。学校教育で学ぶ以上の真理が隠されています。

一撃必殺の構え

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日記
執筆 : 
nakamura 2013-8-29 21:07

 前回の(一撃必殺の世界)の閲覧者数が一日10人ほどもありました。それほどの関心をも持たれるとは思ってなかったので嬉しかったです。それで第二弾を書きます。

 (俺達はなあ、お前らがかわいいから殴るんだ。強くなってほしいから殴るんだ)

 二年坊はこんなことを言って、ミゾオチに鉄拳を叩き込んでいきました。

 その言葉を今になって思い返してもまったく理解出来ません。

 無抵抗で弱い者を、いやそうだから殴ったのでしょう。一年坊が思うように動かないので苛立っていたのです。一年坊の中には四年坊を実兄として持っている者がいましたが、二年坊が彼に容赦しなかったのはリンチが習慣になっていたからです。4年生が3年生を、3年生が2年生をと2年生が1年生を殴る。戦後になって20年がたちながら、日本軍隊の内務斑の世界がそのまま残っていたのです。

 現在、このリンチの話をすると体育系を体験した者は、俺もそうやって先輩から鍛われた、とこともなげに言います。これはイジメの体質に通じています。普通のイジメは多数VS一人ですがこれは多数VS少数です。動物の世界にも捕った獲物をそのまま食わずにもてあそぶことがありますが、それに似ています。本能的なものでしょうか?

 リンチやイジメは政治の支配体制が変わらない限り、なくならないないでしょう。対抗策としてはイジめられたら叫ぶ、あるいはデータに残して後日裁判に訴えることでしょう。

 あの世界には4ヶ月間しかいませんでしたが、10年間もいたような重さがあります。

 1対1で相手と向き合い、(殺す気持ち)で構えた時の精神状態はなんとも言えません。(恐いだろう?)と多くの人は思うでしょうが、ちがうのです。精神が弓を引いた時のように引き絞られ、一点になって(生きるか死ぬか)の緊張感がはり詰めていく。その時、すべてのことが自分の中から消え、(恍惚)状態になるのです。

 極限の快感なのです。射精寸前の快感なのです。

 それが恐いのです。戦争や殺害行為における(破壊の快感)に人間は捕らわれ、逃げられなくなるのです。戦争をやめ、引き返すことが出来なくなるのです。

 だから、戦争は恐いのです。人間たちに破壊の快感を目覚めさせてしまうからです。

 自国の軍備を持つということはこのことなのです。

 戦争がこの世からなくなることはないし、武器を持つことは(一撃必殺)の覚悟になる、と。

野の草に仏を見た

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日記
執筆 : 
nakamura 2013-8-28 3:56

 今の生活のパターンは次のようなものです。平日は午前九時から午後三時までパソコンで博打、つまり株式投資をします。一台のパソコンで株価の値動きを見、あと一台のパソコンで株式や他の情報を見、時には銘柄のデイ・トレードをします。値動きが少ないと面白くないので部屋を出て、畑の農作業に汗を流し、つけっぱなしのヤフーで銘柄の変化を時々覗きます。株式市場が終わるとバックにカメラとペットボトルを詰めて家を出、そばの金比羅山の森の中に入ります。

 金比羅山は高さが二百メートルくらいしかありませんが、一年あまりも通っているといろんな道があって発見するたびに冒険をしてる気分になります。獣道もあり、溝のそばの藪の中から草か枝をこする強い軋みを耳にし、イノシシがいると感じた日もあります。それからは竹の棒でも持っていたほうが身を守れるのではないか?と考えたこともありますが、もし出会ったら大声を出して闘ってやろうと思いました。幸いにしてまだ出合ったことはありません。足元がすべったり、クモの巣が顔に巻きついたり、枝に顔を引っかかれたり、鬱蒼たる杉の大木に霊感を感じたりしながら40分もすると戸切の清流につきます。カメラを取り出して、太陽の日の角度によって変わる川面の光景を探し、画像を見ます。良い光景であればシャッターを押します。写真の収穫を確認するとペットボトルのお茶を飲み、土手に腰を降ろします。良い気分です。

 帰りはそのコースを戻って行くだけですが、時にはまだ歩いていない道・コースに挑戦することもあります。これがまた面白いのです。枯れた孟宗竹が何十本も倒れた道を歩いたり、人の踏み跡がなくなって道そのものが消えていたり、知らないうちにいつも歩く道に合流していて喜んだりします。ともかく飽きないし、日に一度は森の中を歩かないと落ち着かないのです。歩いていて急に雨が降ってきて、密集した木の枝の下に立って何十分も雨をよけた日もあります。

 昨日は晴天で、汗をかいてさわやかでした。帰り道でしたが、路傍に二枚の小さなツワの葉が顔を出しているのを見て、心を打たれ,カメラにおさめました。虫食いだらけの葉っぱで夕陽に照りかえされ、白く光っていました。野草や木が茂った中であどけないな顔をしていました。悩みや苦しみなどとは無縁な表情で、人間からみれば悟りそのものです。芭蕉の句に(山路来てなにやらゆかしスミレ草)とありますが、植物は強すぎる太陽から逃げることも出来ず、雨や雪をさけることも出来ず、人間達の自然破壊にあがらうことも出来ず、イノシシの子に踏まれてもただじっとしてるだけです。

 そこにわたしは、(野仏)を見た気持ちになり、人間の人生を重ね、考えました。

 自分みたいに歳をとってしだいにあの草のようになっていくのだな、それが自然だな、と。

一撃必殺の世界

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日記
執筆 : 
nakamura 2013-8-24 8:42

 若者たちが(草食系)と呼ばれる時代において、(一撃必殺)などという言葉を持ち出せば残酷な言葉だとというより、狂ってる、と言われるでしょうが、その世界はまちがいなくあるし人間も自分ももこの世も狂っていると信じています。人間が生き続けている限り、その考えは変わりません。

 わたしが第三次志望の法政大学法学部に入学したのは昭和43年の春でした。希望したわけではなくその程度の学力を証明されただけですから、入学式にも行かず卒業式にも出ませんでした。卒業証書も送られてきませんでしたし、今でも時々自分が卒業できているのかあんじることがありますが、就職においても学歴のことでトラブルになったことはありません。

 入学前は進路を考えていました。探検部に入る、学生運動をする、空手を習う、という三つの夢がありました。探検部は学内で見当たらず、学生運動は中核派の拠点だったので盛んでしたが弱肉強食の教育をうけたおまえたちが人を助けるための社会運動?と疑問視していました。

 それで(沖縄空手道剛柔会)に入ったわけです。体を動かすことは好きでしたがスポーツは神経が鈍くて下手でした。最初は無我夢中でした。校舎の屋上のコンクリート床で12時から2時間腕で突いたり蹴ったり走ったりして練習をしました。ところが次第にオカシイと思い始めました。(押忍!)の声を出して先輩に挨拶したり、道着をたたんだり、お茶を運んだり、食堂でかれらに食事を運んだりすることには抵抗はなかったのですが。シゴキ(リンチ)を週に一度練習後に受け初め、退部者(そこは同好会でした)が出始めてオカシイと思いました。

 (テメエラ!ちんたらちんたらしやがって気合が入っとらんぞ!先輩に対する態度もたるんどる!)

 付属校から入ってきた小田切がいつもシゴキの先頭に立っていました。巻き舌で息をまく言葉は迫力があり、白い歯をむき出した凄みは一年坊からニックネームがつけられたように(ウータンーオランウータン)そのものでした。

 (腹を絞めろ!足を踏ん張れ!)

と言うと、一列に整列させられた私たちのミゾオチに二年坊の鉄拳が打ち込まれました。二年坊は15人ほどで一年坊も15人ほどでした。軽く突く者もいましたがほとんどは腰をいれた一撃必殺でした。ミゾオチは筋肉がなく鍛えようのない部分でしたので目の前が真っ暗になる痛みが全身を走りました。

 ウウ、といううめき声が怒る、それは順番どおり自分にちかづいてきました。

 10発ほど連続して受けた時、わたしは気を失って倒れました。二年坊たちは黙って見下ろしていました。医務室に運ばれるわけではなく、自然回復をまって放置されていました。

 止めようかと思いながら7月までがんばりました。100人ちかい入部者は10人ほどになっていました。8月に新潟の海岸で1週間の合宿があることを知り、大学の医務室で医者に事情を話し、偽の診断書(遊走腎)を書いてもらい先輩に出しました。人家のない所で合宿などすると、何が起こっても証人がいない危険を感じとったのです。

 退部してから先輩達の追及はありませんでしたが、同輩にたいするヒガミとリンチの悪夢は20年間つづきました。

 この経験から次のことを言いたいのです。

 日本は軍備を持ち交戦権を持て、という議論です。その前に言いたいのは、日本は軍備を持たず交戦権もないのですか?それは嘘です。アメリカに代行してもらい、依存してるだけです。

 だから国民にさまざまな依存症が起こり、国家もたえずアメリカの顔色をうかがっているばかりなのす。

 わたしは一撃必殺の世界を知り、時々自分の拳を握って硬さを見ながらこれで殺せるか?などと考えたりしますが大学を出てからは暴力沙汰を起こしたことはありません。タイマンをはったことは何度かありましたが、負けるか相手が下がるかでした。

 今の日本はまだ人権民主主義・戦争反対が根強いのですが、そろそろはっきり言ったほうが良いのではないのでしょうか。人殺しは楽しいのです、そして人を愛することも楽しいのです。それはどちらもエネルギーの燃焼であるからです。

 その人間心理をじゅうぶうんに理解して、軍備の再編と徴兵制を敷け、と。過去の戦争体験を検証し、慎重な仕組みと管理を置け、と。

 自分を守るのはまず自分なのです。一撃必殺の世界を経験して、わたしは良かったとも悪かったともいえます。それが死ぬか生きるかの世界であったことはまちがいありません。当時は防具などいっさいつけずに殴りあい・蹴りあいをしてましたから、当たり所が悪ければ死はすぐそこにありました。そのせいか不思議と負傷や死はありませんでした。

 

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