ブログ - 20140421のエントリ
50年前に東京で遊学していた頃、第一次羽田闘争、新宿騒乱事件などが起こり、反体制の状況にまきこまれました。70年代、80年代闘争として流れはつづき、政治、風俗、文化においてまさに多様な状況が興隆し、さまざまな小説、評論、ルポが生み出された中でわたしが手にした斎藤茂男著(我が亡き後に洪水は来たれ)が印象的でした。わたしが経験したような巨大企業の底辺労働者達を取材した作品であり、想像もできないような生産現場の実態とその驚きを書いていました。このタイトルはフランスのルイ15世時代に愛妾のボンドオール夫人が浪費や奢侈をとがめられ、言い返した言葉です。
前回のブログでも書いたように、自動車組み立て工場において腕時計に目を向ける時間がないほどの労働、仕事仲間と工具の投げあいをするような生活、こんな世界で新車の車体がきれいな塗装をされて流麗な体を貴婦人のように流していき、わたしはそれにかしずく賃金奴隷でしかなかった時代です。今も同じ状況でしょう。
男の人って集まりがあっても人と話もしないし、何を考えてるんでしょうねえ?女なら知らない人でもすぐにうちとけるのに。
こんな話をある集会で老婦人がしました。
わたしは同感でしたがすぐに答えられませんでした。
一週間後の今になってわかりました。男達は組織の中で徹底的に部品にされ、それを変える事すらできず、死を待っているのだと。今もなお、職場の中にいる気分なのです。だから岡垣町の金の使い方がおかしいとか開発の立ち退き世帯の中に前町長の愛人がいて1億円の立ち退き料をもらうことになっているとか(税金からでる)後から後からでる黒い噂にも反応しないのです。韓国で修学旅行生を乗せた客船が沈没し、父兄が子供の安否に激高し政府や大統領に掴みかからんとしてるニュースがでましたが日本ではありえないでしょう、国民性のちがいがありますが。
団塊世代は何を考えているのでしょう?目先の生活にしか関心がないのですか?年金や孫に恵まれ、たまに旅行でもしてることに満足するしかないのですか?あなたたちの務めは若い人に人生や時代の経験を教えることなんですよ。
まさか、(我が亡き後に洪水は来たれ)なんて考えてはいないでしょうね?