ブログ - 20190402のエントリ
花の神秘性については、前回、書いているが、先ほどその謎が解けた気がした。野花と違って歌壇の花は人に栽培され、蝶や蜂などから交配してもらうことで子孫を残し、生き延びている。だから、まず、人から綺麗だと認められる必要性がある。人が脚を止め、どれくらい長く魅入るか、何人が関心を示したか?色の美しさか、形のそれか?など観察し、それによっては新しい種類を造ったり、違う色に変えたり、まさに人の女が化粧をするときと同じ気持ちなのである。つまり、花は人の意識の投影なのである。
これは、犬や猫やペットの場合も同じであり、彼らは人の子供の様に甘えたり、せがんだり、嫉妬したりして人の関心をひいている。人の心や意識に漸近線的によっていっている。野菜も人に依存しているから、美味しい味を出して人を寄せようとしている。山の木や雑草、野生動物などは人に依存していないから、人の心とは異なる性質を持っている。
(春の陽に俯き花の想ひかな)
この俳句の様に、花はますます人の心に近づき、まるで人の女のように、俯いてまでも気をひこうとしている。こうなると人の心と同じである。人が花を見る時に感じる親しみはそこに由来しているのである。
なんだか、謎が解けた気がする。
上記のような話をすると、すごく喜んで私の手を握り締めてくれる女が現れたことは嬉しい。