ブログ - 20150323のエントリ
昨日、岡垣町歌謡音楽祭に行きました。町外と町内の人が130名ほどステージに立ってで歌いました。皆、上手でしたがわたしの目当ては宮路オサムさんでした。宮路さんがステージに現われる頃には客席もほぼ満員でした。無料だったので超満員になると予想していましたが結果はそれほどでもなかったのです。客席はわたしも含めて老人ばかりです。
(涙の操)という演歌はわたしの青春時代の象徴です。欧米のポップスやベートーベンばかりを聴いていたわたしにとって演歌は自分の感性に近すぎて嫌いでしたが、(涙の操)だけはなぜか自分の心に強く焼き付いていました。ビデオカメラを回しながらわたしは何度も涙を流していました。青春時代にフラッシュバックしていたのでした。「操」って何?と話していた女の声を耳にしました。宮路さんは歌い終わると老いた観客を見回して「今日は同窓会みたいだな!」としゃべり、舞台を去る時には「また会おうぜ!」「生きていたらな!」と捨て台詞を残して笑い、さすがレコードをその曲だけで600万枚も売った男だと改めて思いました。七十歳を過ぎているのに若者でした。
(涙の操)だけで600万枚もレコードが売れた、という彼の言葉を思い出しながら、考え込みました。それを超えた曲はない、とも言っていましたが、600万人が買ったということです。何故でしょうか?単純計算してもかれの懐には数億円の金が入っているはずです。普通であればそれで彼の人生は大きく変わっているはずですが、地道な歌手生活を続け、いぶし銀のような歌い方もそのままです。軽快ですごくリズミカルな曲は当時の高度成長期のパワーですが、浪花節のように唸る声が謳歌する女の気持ちはふつうはアンバランスになるはずですがうまくノッテルのです。ジメジメするはずの歌詞が心地よく踊っているのです。
本来は女の敵にもなりえる男が歌う、男が歌う女心がさわやかな印象と同時にすごく心を打つのです。不思議な歌というしかありませんが、600万人に感動を与えたのです。宮路さんの誰にも真似の出来ない声は渋みがあり、日本刀で切るような魔力があります。ネットでは灰汁の強い声とかいてありますが、わたしも(灰汁の強さ)では引けをとりませんから、それを活用してエポック・メイキングなことをやってみたいのです。