ブログ - 20241128のエントリ
プーチンもゼレンスキーもクリスチャンでありながら、戦争をし、殺し合いをしている。この現実にわたしだけでなく首をかしげるものが多い。ローマ法王もどちらかに加担していて、お互いに戦争をやめろ!とは言わないのである。これが愛を唱える宗教なのか?と疑問を抱くがこの流れは紀元前から続き、変わらない。だが、聖書を読み進めるうちにわかってきた。一神教のせいにすれば話は簡単であるが、そうでもなく、愛、という次元は憎悪も隠れていて、愛憎という言葉で表されるのである。昔から言われてきたが、表裏一体なのである。
統治者は常に相手が侵略してきた、国民を守るから戦い、戦うべきだという。聖書でも福音を伝えるために戦うというニュアンスがあり、汝の敵を愛せよ、とも言っていて、愛という次元に惑わされている。
話は飛ぶが札幌首切り事件の場合はもっと戦慄的である。避妊具をつけずに性交したから男の首を切り落とし、目玉をくりぬいて、瓶に入れて眺めていたのである。これは男と一緒にいたかったからであろうか?憎しみであろうか?想像で言いない世界であるが、もっと考えを深めれば見えてくるようである。