ブログ - 20150224のエントリ

 崖から落ちた、試験に落ちた、などと言うが、実は吸い寄せられた、ということである。重力の法則から言えば(落ちた)であるが、引力の法則から言えば(吸い寄せられた)であり、どちらも同じ現象である。恋に落ちた、は実は、異性に吸い寄せられた、なのである。試験に落ちたは吸い寄せられたことでもある。友達を衝突(喧嘩)したは、実は互いの力に引き付けられ合った、結果である。憎らしいと言うのも相手に引き付けられていることである。愛しい、可愛らしいも同じである。線路に飛び込みそうになった、は実は、線路に引き付けられそうになったである。これは前回のブログにも書いていて、ここで初めてわたしはその出来事が物理化学的に理解できました。

 知人から聞いた話にこんなことがあります。山の中でマムシとカエルが出会いました。しばらく睨みあっていましたが、マムシがカエルに飛びついて食べたのではなく、カエルが引き寄せられて自分からマムシの口の中に飛び込んでいった、というのです。その物理化学的現象はよくわかります。吸い込まれることは飛び込むことと同じ現象です。

 言語ではなく物理化学的に分析すると、いかに事件や出来事を誤解していたかがよくわかります。

すべての変化は周期を持つ。

カテゴリ : 
日記
執筆 : 
nakamura 2015-2-24 18:31

 自動車組み立て工場で三交替の勤務をしたことがあります。24時間を8時間ずつ割り振りし、早朝勤務、昼勤務、夜勤とわけ、ラインをフル稼働させるわけです。労働者は一週間ごとにその三つの勤務時間を交替していくのです。朝5時から13時まで働いたとすれば次の週は13時から21時まで働き、次の週は21時から朝5時までというように変わるのです。初めのうちは体が慣れなくて、夜勤の時は眠くて倒れそうになったり、眠気で組み立て作業が遅れたりしました。今もこの勤務形態は続いていますが、世にも恐るべき世界を経験させられました。夜勤だからといってラインのスピードが遅くなったりすることは無く、まさにチャップリンの(モダン・タイムス)の世界ですが、こんな変則勤務形態で体は慣れていったのです。夜勤明けは二日半休めるので儲かったような気になりました。変則でありながらそこには周期が生まれ、リズムが出来ていくのです。

 今、わたしの心臓は不整脈がよく出ています。夕食を食べ終え、入浴した後や酒を呑んだ時に出ます。脈が飛んだり、脈拍が一分間に90?100回になってる時があります。気分が不安定な時にそうなっていることがわかります。不安になったり気持ち悪くなったりしますが、心臓にとって不規則なポンピングは心不全を招きやすいのです。でも交替勤務でもリズムが生まれるように不整脈も周期を持ちリズムをつくっていると考えます、心臓にとっては良いことではないのですが。

 周期で考えついたことは3という数字です。一分は60秒、一時間は60分、一日は24時間、一ヶ月は30日、一年は365日、音速は一秒で360メートル、角度は30度、60度、90度、180度というように3の倍数なのです。ここに数字と現象の不思議な関わりを感じます。(関わり)は関数とも言えます。

 株の世界は魑魅魍魎が住むと言われるほど予測不可能なのですが、それでもチャートをみれば一定の周期が出ていて、それを目安に投資家は売買するのです。でもそれが当たる確率は50パーセントもありません。ということは単なる目安にしかならないということです。

きれい(奇麗)とはどういう状態か?

カテゴリ : 
日記
執筆 : 
nakamura 2015-2-24 9:33

 キレイという言葉は漢字では(奇麗)である。(奇)とは珍しいとか希少という意味である。資本主義の骨格は大量生産(規格品)であるから資本主義の世界では従来の美は減少し、美そのものを失っていく。先日、絵画教室に三回ほど通ってみたが、やめた。小説のテーマを絵にしてみたいという狙いがあったが、教室の場で不信感を抱いたからだ。海岸の風景を描いている生徒が、自分で撮った写真を見ながら筆を運んでいたのである。もう一人はアニメ画の写真を見ながら描いていた。講師は黙認していた。冬だから海岸に行けば寒くて大変なことはわかるが、現場に行けば鳥が現われたり、舟が現われたり、波頭が風に飛ばされたり、思いがけない現実に出会うはずである。意外性の中に美は隠れている。それがわからないのかわかっててやってるのか知らないが、既製品の模写で美が描けるはずは無い。

 キレイキレイの世の中で美容整形が流行し、総理大臣までが青年のような顔をして出てくるが、そのうち美容整形の(美)は美でなくなるのである。世の中の本質を見失った者に政治が出来るはずはないし、せいぜい票を利益・利権・金で買うことくらいしか出来はしない。これを人人は民主主義と呼んで、信仰しているのである。今の美の感覚も単なる信仰の域にしかすぎない。

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