ブログ - 201210のエントリ
わたしたちは小学生の頃から次のように教えられてきました。日本は戦前は一部の権力者達が国民を支配し、ひどい時代でしたが、民主主義という素晴らしい世の中になりました。国民が政治家を選ぶことができ、良い国をつくることが出来るのです。
そんな風潮から70年後、民主主義の制度疲労という言葉でかたずけるにはあまりにひどい状況ですね。暴力団員の仲人までした国会議員が法務大臣にまでなり、そのことが暴露されて大臣をやめた。なぜ、国会議員の職をとかれないのだろうか?民間企業であれば会社の名誉を毀損したということで解雇になるはずである。
脅迫メールを送ったということで逮捕された人がじつは誤認であった。取調べの検事は(自分が犯人だといわなければ少年院にいれるぞ!)と脅迫し、容疑者は犯人であることを調書に書いた。本当の犯人が名乗り出なければ彼は刑務所にはいっていたかもしれない。この検事への処分はないのだろうか?あまりにもひどすぎる。まるでカフカの小説(審判)を読んでいる気持ちになった。
選挙の際、当選か落選かの予想が出てそのとおりになることが多い。支持団体を調査して、マスコミは予想してるのだが、その団体は立候補者と利益供与の関係にある。要するに票を金で売っているのである。
腹痛を起こして突然総理大臣をやめた者が政党の総裁に返り咲いた。彼に票を入れた国会議員はどんな理由でそうしたのだろうか?金と力になびいてしまったのだろうか?
生活保護世帯が増え、国の財政を圧迫してるという。政治家達は税金をばらまいて、不満分子を抑えているのである。本来は暴動がおこっても不思議ではない政治状況であるから。
どうも今の世の中、何かがオカシイ。
カフカの小説の中に(虚偽と欺瞞が世界秩序である)という言葉があり、その言葉が思い出される。橋下氏が改革に向けてがんばっているが、民主主義の多数決原理の仕組みといかに戦って信念をつらぬけるか見ていきたい。多くの支持を集めなければ権力をとれない構造は(希少性)を容易につぶしてしまいそうである。
秋になると、庭からいろんな虫の鳴き声が聞こえてきます。マツムシ、カネタタキ、鈴虫、コオロギがなきつづけ、まるで音楽会です。わたしはベットの中でひとり楽しんでいます。かれらが交わって鳴くことは少なく、日取りが決まっているかのようにそれぞれの夜に鳴いています。終わりの頃には鈴虫の大合唱になり、シーズンが去っていくことがわかります。
庭が静かになった頃、床下から一匹のコオロギの鳴き声が伝わってきます。あまり元気がなく、静かに夜明けまで鳴くのです。メスを呼ぶ集団見合いのシーズンが終わり、相手にめぐまれなかったのか、遅く産まれたせいか、いつまでもメスを呼びつづけるのです。次の日もその次の日も鳴いているのはその声だわかります。
わたしが東京での生活に見切りをつけて帰郷した頃から、わたしはそのコオロギに気づいていました。
一人ぽっちの寂しさを感じていました。いつの日かからその鳴き声は消えてしまいます。相手が見つかったのか死んだのかは分かりませんが、もしかすると、前の年に鳴いていたコオロギの子供かもしれず、100年つづいたこの古屋敷の末裔でこの家の者たちと畳の上と下の関係でつながりを持っていたのかなどと想像します。
今日もわたしがベットに入った頃、聞こえてくるでしょうか・・。
今、仕事は休業しています。リハビリをかねて野菜作りにはげんでいます。6ヶ月ちかくも放置していた畑はおそろしいほど荒れていました。およそ100坪ほどの広さですが雑草が全面を埋め、日照り続きのせいで土は乾ききり、スコップを刺しても一度の蹴りでは通らないありさまでした。ところが掘り進めていくうちに雑草の根は隙間がないほど生え深く伸びているのです。どこから手をつけていいのかわからなかったのですが、ともかく研ぎ澄ました鎌で雑草を切り落とし、スコップで天地返しをすることにしていったのです。そこまではがんばりました。ところが、土に張り巡った草の根を一本一本とる作業をはじめると絶望的になりました。小さなクワで土塊を叩き砕き、根を取ってカゴに入れていくわけですが、やり終えるまでの労力と時間をかんがえると、1ケ月ではかたづかないと判断しました。
知人のKさんが小型耕運機をもっていましたので、彼にたのんで耕してもらいました。彼は(ふつうの畑の2倍の時間がかかる)とフウフウ息をしながら、やってくれました。耕運機だと手でやるよりも土が小さく砕かれ、畑らしくなりました。それでも雑草の根は刻まれて残っていたので、目につくものだけ取り除きました。
石灰、牛糞、鶏糞、化学肥料を畑に入れて、種をまきました。現在、ホウレンソウ、タカナ、チンゲンサイ、キヌサヤエンドウ、ジャガイモが芽を出し、成長しています。その姿を毎日、見るたびに喜びがわき、自分が生きていることを実感します。
ここで考えました。こんな経験が出来る自分は恵まれていますが、都市生活者のかたがたにもこんな経験をしてもらえれば新しい世界がひらけてくるのではないかということです。それに日本人だから、次は米づくりだということです。放棄された田を借りて、そこで皆で米作りをし、生存に直結する食料の保証を勝ち取れば日本の経済状態がどのようになろうと生きていけるということです。会員制にして、資金を集め、米作りに直接従事できる人はしていただき、従事できない人は米を成長具合を見にきていただければよい。そんなことを考えました。
ともかく、土を掘り起こして、雑草の根があれだけ密集して生えているのを見て感動しました。最初は腹立たしかったのですが、ドクダミやヤブガラシやヨモギが乾きにも暑さにも負けず繁茂している有様に元気をもらい、励まされました。自然に学ばされることはいくらでもあります。
このタイトルを私に言ったのはKさんでした。彼との付き合いは集金もかねて20年ありましたが、お互いの真意がぶれて関係が消滅しています。彼との議論で得たものは多く、このタイトルの言葉もその一つです。
彼は(現象学)の信者であり、あなたが人間としていられるのはわたしがあなたを人間として認めているからであり、あなたが自分一人で自分は人間であると主張しても客観的には認められない、というのです。人付き合いをしていても他人は100パーセントは自分の内面には入り込めず、多くはじぶんの独断で自分の人生の脚本を書き、演じて人に理解されることもなく死んでいく。彼はその意味でタイトルの言葉を言ったのです。
無人島で独りで生きているとすれば自分は背が高いのか、顔の色が白いのかはわかりませんよね。比較する相手も指摘する相手もいないのですから。この意味で他者はわたしを認めてくれる証人なのです。同時にわたしは自分を中心にしかみれない人間で、たえずその基準で自分の人生や他人の考え方、生き方を判定し、生きていくしかありません。お釈迦様の手の平の上で死ぬまで踊っているだけなのです。
一生、自分から抜け出せない自分を冷笑したのがこのタイトルの言葉です。
だが、わたしは自分から抜け出した世界を見つけ、そこで生きて生きたい。これが人生のテーマです。
このタイトルは中国の故事、(人生万事塞翁が馬)と同じですが、余命をひかえた今つくづくと身にしみます。尖閣列島にたんを発した中国の動きと比較して、故事においては中国人はスケールが大きいですね。
ある男の例。
バブルの頃、株式投資に熱中し、一日で100万円もうけた。その金で旅行をするわけでもなく高級車を買うわけでもなく、さらに儲けようと投資した。3年間は儲けつづけた。銘柄を買えば上がり、売れば下がりで、1億円もうけようと考えた。それだけあれば働かなくても食っていけると思ったが、いつの間にか買えば下がり、売れば上がりのパターンに引き込まれてしまった。定年を迎える頃には2千万円の金を失い、年金と退職金で食っていけるかどうか不安をかかえている。
彼が百万円儲けずに損をしていれば深入りをしなかったであろうから、その時儲けたことはその時は良かったが後になれば悪いことであった。
ある男の話。
彼は先天的に腎臓の働きがわるく、インシュリンが十分に分泌されなかった。それが原因で糖尿病にかかり、毎日三度の食事後に血糖値をはかり、インシュリンを打った。その生活を30年つづけ、65歳になった今でも健康で糖尿病にかかることもなかった。禍が福に転じたのである。
ある男の話。
若い頃から食欲が旺盛で何を食べてもおいしく、一般人の二倍は食べた。偏食のない自分は健康をたもつと信じ、(あなた、いつか体をこわすよ!)いう注意を受けながらもダイエットに本格的に取り組まなかった。60歳をすぎて心筋梗塞を起こし、心臓の手術をした。手術はうまくいったのでリハビリに励んだ。これで仕事に復帰できると考えていた時、脳梗塞を起こし、右半身が不随になってしまった。
以上の例は身近にあることです。今の自分の状況が良いことなのか悪いことなのかはわかりません。深く考え込むより、自分なりの人生を認め、エネルギーを燃やすしかありません。