ブログ - 20260217のエントリ
私の家は高台の線路のそばにあって、電車は毎日走っている。目が覚めてから寝るまで電車の騒音と生活していると言っても過言ではない。二十年ほど前にここに越して来た時にはあまりの轟音と煩雑さに悩むほどでテレビの音も消されていた。JRに行って苦情を述べたが返答もしなかった。
だが、目覚めて電車の音を耳にすると、今日も日本と自分は生きている、と思うようになった。今朝、目覚めて俳句の投稿内容を考えていると、電車が博多方面に走っていった。ここの駅から始発するとき、走り出すまでゆっくり構え、どことなく慎重である。博多から戻って来る時は元気いっぱいなのであるが、起きぬけは自分と同じく、足腰が重くて思うように起き上がれないのであろう。機械でありながら人間と同じである。近所の人とは付き合いはないが、電車の音は近所の人の声でもある。
時々、貨物列車の轟音が起こることがある。夜中に数百台もあろう貨車をひっぱりまるで戦場の戦車の轟音である。それ以外は定期的に電車が行き来している。わたしはあと何年、生きるかわからないが、今書いている小説(時の谷魔)の中の極楽列車のようにいつか私を迎えに来るはずである。
