ブログ - 20121204のエントリ
支える者、支えられる者、あるいは被害者、加害者、あるいは支配者、被支配者、あるいは教祖、信者などにおいて私たちは対立概念を教えられてきた。ところが、支える者、支えられる者においてもわかるように支える者は支えられてもいるのである。(人)の形を例に出すとすると、支えられる側が崩れ落ちてしまえば支える方も支える対象を失って孤立し、崩れてしまうのである。物理学的現象である。
ある初老男は認知症の母親の世話をしていて、食事を作り話相手になって面倒をみている。母親はほとんど家の中にいるが、時には家の玄関と庭先を行ったり来たりして運動もしている。息子の帰りが遅いとふらふらと近くまで彷徨してしまう。現在、彼は母親を支えているように見えながら、もし母親が亡くなった場合支える対象を見失って自分を失うであろう。
ボランティア活動においては助ける側は助ける行為において相手より優位な自分の立場を実感し、安心するのである。だから無償の活動をするのである。これは慈悲とかヒューマニズムとか言うことより力学的現象なのである。
長年にわたって喧嘩ばかりしている夫婦がいる。亭主はツマが不倫をして出て行くか不慮の死にあえば良いと思っているのだが、ツマはいつまでも元気でささいなことで亭主を攻撃する。ある日、自転車をこぎながら買い物に向かっていた彼女が飲酒運転の車にはねられて死んでしまった。亭主はおどろきながらもチャンスがきたとおもい、願っていた再婚にかかろうとするが、喧嘩相手をうしなって意気消沈してしまう。
こんな意外な顛末になるのである。まさに逆説であるが、マスコミ報道や世間の見方をかえてみれば意外な真実がひそんでいる。