ブログ - 20260720のエントリ
聖書の(創世記)の記述の中に、神は男のあばら骨を切り取り、それで女を造ったという箇所がある。ということはそれまで一つの体であったということだ。人間の胎児も受精から出産前まで性別がなく、それは一つである。私の考えでは出産によって両性が男と女に分離され、別々に生きるようになったのではないか、そのように考えるとすっきりわかる。男女の恋愛においても相思相愛ですぐに成り立つ場合となかなか成り立たない場合があることは確かである。わたしも女に持てず苦労しているが、分離された連れ合いとさえ出会えば結ばれることは簡単であろう。出会わなくても赤い糸で結ばれているのである。
単性であればコピーによって増えていき、簡単であるがすべてが同じ体と心を持った場合、ある病気が流行ると全滅してしまう。多様な生命であれば生き残るものも出る。そこで、神は男と女とに分離し、多様な生をつくったのであろう。だが、それは争いを産み、戦争に至ることにさえなった。競争を産み強くなって、神が(生きよ)(増えよ)というように生命は繁栄していった。繁栄と混乱が生まれ、神の出番となった。時々、こんなカップルが良く結ばれたな?という場面い出会うことがあるが、それももともと一つであったのが再会して結ばれたと考えるとわかりやすい。
