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ブログ - 日記カテゴリのエントリ

仰ぎ見る桜銀河や上り坂。

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日記
執筆 : 
nakamura 2019-3-31 6:27

  昨日は、岡垣町の成田山で、毎年行われる春祭りに行った。昨年、一昨年とそのイベントのカラオケ大会で歌ったことがある。又、歌うつもりであったが今年はないということだったので行かないつもりであったが、知人から誘いの電話がかかってきた。

 バイクで行った。

 成田山の麓、その上り坂を一回りするほどの道に車が行列を作り、誘導の警備員が立ち、道の傍にシートを広げて花見の準備をする家族連れが見えた。カブでのろのろと上り坂を上って行くと、行けども行けども空と四方を桜が埋め、桜並木に圧倒された。胸を打たれた。

 自然破壊が進む中で、桜は春を忘れなかった。

 この町の利権政治にはいつも腹を立てていたが、自然は純粋である。夜になれば夜桜見物客で埋まり、数少ない祭りの一つとして、町外からも訪れる人が多い。

 イベント広場からは日本舞踊の演歌が流れ、見物席はすでに埋まっていた。日舞があり、フラダンスがあり、コントがあり、バナナのたたき売りや、21歳の男性歌手の歌やトークがあり、抽選でサザエやイチゴや、卵が配られ、最後に餅巻きがあった。壇上から投げられたが突き出す手が多く、勢いに負けて、二つだけ拾えた。

 来年も行ってみよう。

 (行く春や鳥泣き魚の目に涙)

 芭蕉の句である。

 以前はこの句には興味が湧かず、何を言ってるのかわからなかったが、解説文を読んでわかった。過ぎ行く春を惜しむ句なのである。過ぎ行く春を惜しんで、鳥が泣き、魚が眼に涙を浮かべるという、なんとも奥深い作品である。超現実的な、作品である。それは北斎の絵にみられるような超現実性である。魚が泣く、なんて誰が考えるであろうか?考えたのは芭蕉ひとりであろう。

 春が去れば、夏が来る。

 夏も良いではないか。

 

 

春の陽に俯き花の想ひかな。

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日記
執筆 : 
nakamura 2019-3-28 21:29

  春が来た。何年先か春が来なくなる自分に訪れたことはそれだけで感慨深い。五月には72歳になるわけだが、こんなに生きて良いのだろうかと考えてしまう。でも、春が春らしさを失い、沈黙に進んでいるのが感じられる。竹の子は50本ほど、猪に食われてしまい、根が張って彼らが諦めた残り物を二口食べた。やはり、歯触りが他の食べ物にはない心地良さである。竹の子にアクが出て、イノシシが去った頃、掘って少し食べ、産直店に出すであろうが、四、五十本ほどしかないであろう。以前の十分の一程度である。

 モンシロチョウの姿が減り、蜂のブンブン唸る声も減り、蛙も魚もすっかり減った。

 次は人間の番である。

 話は変わるが、若い頃には、花などには全く関心がなかったが、近頃は、朝起きると庭に出て、シャクヤクの伸び具合を見るようになった。全身が赤色であるが、これが緑に変わり、赤や白、ピンクの鮮やかな花をつけ、春の到来を咲きほこらせるであろう。だが、可哀そうなことに、二、三日もしないうちに切り取られ、店に売りに出されてしまう。我が庭の花は金に換えられるために産まれるようなものだ。

 花は本当に神秘的な生き物である。色、姿、枝ぶりなど知れば知るほど、人間の女以上に奥が深い。蝶や蜂を惹き付けるため、子孫を残すために計り知れない努力をしているのがわかる。庭梅の花を産直店に出してみると、女子店員がお客さんから、何という名前の花ですか?と尋ねられたと自分に言った。わからないでいると、もう一人の女子店員が、庭梅です、と答えてくれてやっとわかった。

 腰の高さにも満たない背丈であるが、小さな梅の花みたいのを付け、蕾は玉状に並んで何とも可愛い上、巻きあがるような枝ぶりが見事である。芸術家の手にかかった作品のようにいやそれ以上の技量である。

 観客は蝶や蜂であるはずなのに、どこか人を対象にでもしているような知性と美意識である。

 そうかと思うと、最近、気づいたのはクリスマス・ローズという花がいつも俯いているということであった。ほとんどの植物には向日性があるので、花は上を向いていると考えていたが、俯く花が存在してるということを知った。それは蘭や鬼百合など少なくはないのである。

 人間の女の場合でも、俯き笑みを見せる女は密やかな魅力がある。

 俯く花はその魅力を知って、そんな演技をしているのであろうか?それとも違う意図があるのだろうか?

 想像するだけでも楽しい花である。

日本に民主主義は定着しない。

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日記
執筆 : 
nakamura 2019-3-21 7:37

  ある団体の事務局長に任命されたが、自分から進んでなったのではない。それはこの団体が県の傘下にあって、下請け機関みたいなものであることを知っていたからである。元大手スーパーマーケットの店長であった男が会長に就任し、彼と共に会の運営に関わることになった。

 あなたは上から目線でしゃべるから、それはやめてください。天皇陛下でもそうでしょう、下から拝むような姿勢で被災者には接してるじゃないですか?

 と、彼はわたしに強く言い、それは彼以外の人からもよく言われることであったので、わたしは理解した。だが、待てよ、と考えた。組織の核心に入った部分で正確に話そうとすれば、文語的な言い方になり、彼らに言わせれば、上から目線になってしまうのではないか?

 私ーこの組織図にみられるように、構造そのものが上意下達である。構造を変えなければ組織は変わらない。あなたもこの組織を活力のあるものに変えたいのであれば、本質を突いた話になってしまうのではないか?それは避けては通れないのではないか?

 彼ー、一年間、待ってください。それから改革をすすめましょう。

 私ーその一年間の内に私たちは旧来の体制に取り込まれてしまう危険がある。入口の部分で問題意識を持たねばならない。

 そんなやり取りをした。

 いろんな会の場で、皆さん、意見を言ってください、と言われた場合、本音を出せばそれは避けられないのではないか?そこで、諸先輩の方々、・・・なにとぞ、なにとぞお願いします、と言ってしまえば(具体的内容は避けます)、効果も薄いから、ダイレクトに言ってしまうのである。

 このように(会)の名前を伏せて書くこと自体が、彼らの手中に収まってしまっているのである。日本は民主主義の体制を頂きながら、年金制度において、優劣のランキングは40国中、39位と聞いたし、米軍辺野古移転の問題でも、国民の多数から反対されながらも中止にならない。日本はまだ、アメリカに占領されたままである。

 外国ですごい抗議行動が起こっても日本では力が弱いし、気難しいことを言う者は敬遠されている。本音が言えない状況が出来上がっている。

 民主主義は、日本において、金権主義に変えられたのだ。今の時代をみるとよくわかる。有権者は政策ではなく立候補者への情実で選ぶことが多いし、後援会、地縁、血縁、利益供与が相変わらず強く、票田には国民主権ではなく、金がばらまかれているのである。日本は封建時代から民主主義ではなく、金権主義に変わったというのが正確な言い方であろう。自分のような変わり者を快く、受け入れてくれた組織もあるから、捨てたものではないが信念を貫きにくい時代である。

団塊は逃げ切った?

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日記
執筆 : 
nakamura 2019-3-19 8:02

  先日、町の運営するワークショップに参加し、町づくりについて意見を言った。区長や介護事業運営者、一般町民から良い意見が出た。最後にわたしは、どんな共同体にも支え合いの精神はあるし、それがなくなれば崩壊する、と持論を述べた。

 終わって部屋を出ようとすると、ワークショップの講師が私に寄って来て、良い考えですね、と話しかけ、社会状況について話し合った。彼は60歳くらいの男であるが、そこで、団塊世代は逃げ切ったですね、と言った。私は言葉の意味を考え、その世代の一人である自分も含めて、高度成長期の中で美味しいものを食べ、幸福を味わい、負債を後の世代の残したまま消える、という意味だと理解した。それはその通りである。つくづく自分も含めて、団塊世代の情けなさには思い当たっていて、その言葉にとどめを刺された想いであった。

 本来、親父、になるべき男が子供のまま、発達障碍者になってしまっている。親父は、親しい父と書くが、安倍総理を始めとしてそんな男が周りに見当たるであろうか?確かにボランティア活動に汗を流したり、社会のために尽くそうとしている男はいる。だが、彼らが喧嘩をしたり叱ったりする光景を見たことがないし、美味しいものを食べて百歳まででも生きようと考えている者がほとんどである。

   江戸時代には、地震、雷、火事、親父、と言われるほど父親は怖かったのであるが、それだけの面倒看は良かったし、教訓もたれたのである。

 現代の、親父老人たちは逃げ切った、と言われても仕方がない。

 話は変わるが、わたしは日常生活において、ここに書くブログのような調子で人にしゃべることがある。そのせいであろう、多くの者達は退屈そうな顔をしたり、時計を見上げて早く話が終わるのを待っている。

 昨日は、ある男性から、あなたの言い方は上からの目線ですね、会の運営側に立ったのだから、もう少し、腰を低くしてください、と言われた。わたしは決して、上からの目線でしゃべってるわけではないが、文語調でしゃべるとそのようになってしまうから、口語調に変えるべきだと考えた。

舞台の袖口で。

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日記
執筆 : 
nakamura 2019-3-11 21:27

  昨年の今頃にもこのブログを書いたが、一年間,生きて、また書くことになった。

 昨日の日曜日は、カラオケ教室の発表会であった。およそ、180人が歌うことになっていて、10番目に走裕介の(北のひとり星)を歌った。体調は良かったが、喉に痰が執拗にたまり、声が詰まった。顔見知りの女から、飴玉をもらい、だいぶ収まった。マイクを手に取った時、十分に落ち着いていることがわかった。歌詞の一語一語を意識し、どのように振舞うかを考えながら歌えた。成功であったが、二三か所痰が絡んだ声であった。

 先生が指で丸印を付けて寄って来た。(声が心と一体化した時が最高にうれしいのよ)と言ってくれ、自分の心理を突いていた。言葉が詰まり、涙が滲んだ。(どうしたの?)と聞かれても声が出なかった。

 後で、何人かにも褒められ、淋しいのや悲しい歌が自分の声にあってることが分かった。

 舞台の袖口に立って、歌う人にマイクを手渡し、戻ってきた人から受け取る仕事にかかった。お願いします、お疲れさんでした、と声を掛け、正面からのライトを浴びて暑かったが、楽しかった。小柄でヨボヨボのお爺さんが座って順番を待っていた。今にも倒れそうな歩き方をしていたので、大丈夫ですか?と訊くと、舞台には出れるけど、歌い始めて、後ろにひっくりかえるかもしれんからその時は頼みます、というので少し怖くなった。84歳と言った。

 曲が流れ始めると、彼は舞台の中央に歩いて行き、歌い始めた。

 あまり上手ではなかったが、少し、後ろに仰け反るようになったので駆け寄ろうとしたが、踏みこたえ、無事に戻って来た。安心した。

 あとで思い出し見ると、よく出場している人で、あんなに弱った状態で歌う意欲に感動した。自分が生きているとすれば十年後の姿かもしれなかった。

マスコミの洗脳力。

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日記
執筆 : 
nakamura 2019-3-11 20:57

  わたしたちはマスコミを通さないと、出来事や事件、世の中の動きを知ることが出来ない。マスコミとは関所のようなものである。マスコミにとって都合の悪いことは出さないことが、彼らの身を護る術になってしまう。

 NHKで集金業務をやっていた時、全体会議の中で、こんなことが放送部の管理職の口から話された。新聞社から電話があって、ある読者がNHKについて批判的な投稿をしてる、ということであった。管理職はその人の住所と名前を聞いて、謝罪に訪れたと話し、具体的に新聞社の名前まで出していた。それで、新聞の投稿欄に記事は出なかったのである。

 こんななことが日常的に行われているのである。

 創価学会、共産党、作家の不祥事などは特別な事件を起こさない限り、出ることは無い。作家の場合は小説家であったりして、新聞社系列の出版社の言わば身内であるからであり、その他に記事に出来ない団体や人はたくさんある。だから、わたしたちはその団体や個人のことを知ることが出来ない。微妙なセクハラや微妙な暴言、微妙な人権の記事がすごく氾濫している半面、千兆円のもわたる日本の借金、それが減るどころか増え続けていること、凄まじい環境破壊を環境のせいにしていることなどは単発の記事で片づけられている。

 ネットの記事が勢いを増して、テレビが消えることも取り上げられることは無い。テレビは新聞社の系列になっているからである。このようにして自分達が洗脳されているのに、テレビをほとんどの人が観ている。自分で考える力を失った依存症の人であろうし、中には巧みに取捨選択をしている人もいるであろう。

 わたしはこの十年くらいテレビを全く観ていない。新聞はとっているが、契約が切れたら、とらないつもりである。自分が取材者みたいなものであるから、日常のちょっとした動きや話に耳を傾け、人や社会について考える。すると、逆によく見えるようになったことに気づく。

政治的信念か迎合か?

カテゴリ : 
日記
執筆 : 
nakamura 2019-3-9 6:34

  ある知り合いの女が町会議員に立候補するので、よろしく頼むと、私の知り合いの女に言ったそうであった。わたしはその話を聞いたが、関心はあまりなかった。信念ではなく、生活費が欲しいから立候補する者がほとんどであるから、票の欲しさに、八方美人的言動をとる者には関心がなかったからである。

 議員は国民の代理人であるという考え方はあるが、御用聞きであってはならない。信念を貫くべきである、と考えている。

 立候補するという60歳の女に電話を入れてみた。

 (どんな理由で立候補したのですか?)

 (A団地の老人の人たちが坂道が多くて、買い物に苦労をしていますし、コミュニティバスも便数がへっているおです。だから、彼らを商店街の傍に移住してもらえば商店街も活性化しますよね?)

 (買い物の苦労をしているのはA団地の老人だけではないでしょう。それをするのであれば普通の人の車に相乗りが自由にできて、少しの金でももらえるように法律を変えた方が早いし、その方が移転の費用も掛からないじゃないですか?)

 (・・・)

 (商店街の傍に移住したとしても商店街に魅力がなければ行かないし、買い物もしないでしょう。それより、海あり山あり、のこの町の自然を大事にし、活用すべきではないでしょうか?)

 (そうですね。今、海岸に行ってもビナも採ると、逮捕されます)

 (漁師の人たちの生活の種ということは十分わかりますが、逆に観光地として、利用したらどうかと思いますけど)

 (東北大震災にみられるように津波が起こったら怖いですよね。だから、避難場所をつくってはどうかと漁師の人たちに話しました。そしたら、賛成してももらえました)

 三十分間も話したが、彼女に信念と言えるものは見当たらず、思いつきばかりであった。商店街への移住の話だって、移転先の土地はどうするのか?費用対効果はいくらくらい見積もっているのか?など突っ込んでいくと、答え切らなかった。正直に言うと、子どもの発想であった。彼女が公共施設建設反対運動に加わったり、政治家の批判をよくしていたので、もう少し骨のある話をしてくれるかと考えていたが、落胆した。

 彼女は落選するであろうが、当選する立候補者たちは票田を持っている者達ばかりである。町内の有力企業の酒席に行って、社長に酌をしたり、手土産をやったり、そんなことをしていれば、(票は金で買えるのである)

 

性学部の創設される日。

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日記
執筆 : 
nakamura 2019-3-6 5:15

  現代は(性の混乱)の時代であるが、誰も冷静な対応、考え方を持ち合わせず、政治権力さえ、取り組みに途惑っている。マスコミは毎日、セクハラ、性的少数者、盗撮などの記事で紙面を埋めることで、購読者の眼を引くことしか考えていない。少しでも、性に対して(不適切発言)(不適切行為)があれば、それが原因で失職したり、企業が謝罪文を出したり、酷い場合は倒産したり、映画の上映をやめたり、恐るべきと言うほど、女難(この言葉さえ不適切表現と糾弾されるかもしれないが)の時代である。

 それはすでに世界的な潮流になっている。

 誰かが儲けるために火を付けてるという噂を耳にしたが、よくわからない。

 日本人は、学校での性教育の分野でも遅れており、それにみられるように、絶えず、世間や世界の目線に対して臆病な民族である。これでは、最も遅れた国になってしまうかもしれない。

 まず、有識者を政府が募って、性学部を設けるべきである。

 話は変わるが、先日、私の加入している(年金の会)で交流会が行われ、七十名の会員のところ、六十名が参加した。会食をしたり、音楽を聴いたり、酒を飲んだり、カラオケを歌ったりして、大いに賑わった。

 特に、高齢者たちの演奏した音楽には皆、感動し、涙を流したものが多く、わたしもその一人であった。ギター、和琴、アコーディオンなどの楽器はまさに人の心の色彩を微妙に奏で、琴線に触れた。その前にも、女性フォーラムで三十人ほどの会員が集まり、感動した日があったのだ。

 そこに私は女性の感性、能力を知った。

 男が会合を設けるとすれば、酒やカラオケなどの定番であるが、女の場合であれば演奏会、料理、子育てなど分野の広がりが大きく、彼女らの方が社会としっかり繋がっているのである。一般企業も女の考え方や見方、感性を取り入れねば業績が下がってしまう。

 けれども、わたしもそうであるが、女との付き合いは難しい。良い思いもしたが嫌な思いもし、あなたは女の気持ちを知らない、と言われたこともある。それはその通りである。

 だから、交通ルールにみられるように、性学部をつくって、男と女の交通整理が必要なのである。

 

沈丁花店に出す日の切なさや

カテゴリ : 
日記
執筆 : 
nakamura 2019-2-27 6:29

  産直店に野菜や花を出している。わたしの家は広くて、亡くなった母が色んな花や木を植えていたので、伐採は大変であるが、一年中、収穫の楽しみがある。産直店に出品する要領も自然に分かってきて、いろんなものを出し、わずかな小遣い銭ほどにはなるが、生活費に消えてしまう。今は水仙、フキノトウ、ヌカ、もみ殻などを出している。

 そして、沈丁花に初めて、手を付けた。

 これが売れるかどうか、全くわからず、値段の付け方もわからなかったが、一枝150円で出してみた。四本出したが、二日間で売れた。それに味をしめて、十日間ほど、毎日、出した。

 足の膝の高さにしかない二本の木であったが、何とも可憐な花である。まるで、処女のような姿と淡い赤色で、ひっそり咲いていた。それを毎日、切り落とし、店で値札を付けて出す、・・心が痛んだ。たくさん咲いてる水仙に対しては心の痛みなど全く感じないのに、沈丁花に対しては、涙が出た。娘を身売りに出す父親の気持ちである。自分の貧乏に対する悲しみである。

 すべての花を出し終えて、残った枝を切って、二十本ほど、挿し木にした。

 来年は、これから芽が出て、花を咲かせるかもしれない。

 自分の生活も、見売りに出さなくてもいいようになってて欲しい。

現実体験を料理する。

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日記
執筆 : 
nakamura 2019-2-26 6:14

  これまで、小説なるものを書いてきたが、ホームページは別として、一度も活字にも本にもならなかった。体験の部分は良く書けているがそれ以外は、何を書いているのかわからない、もう一度小説の書き方から勉強してみたらなど、の意見があった。書いた自分は満足しているのに意外な言葉に落胆していた。小説を書くとはどういうことなのか?自分なりに、考え続け、傑作を何度も読んだ。

 結局、料理と同じであると、結論付けた。材料負け、現実体験をそれだけに執着して、乗り越えきらなかったのである。昨年の夏から、ある若い女に読んでもらって、スラスラ読めた、涙を流した、の感想をもらって、俄然、書く気になった。以前の作品に手直しを入れて、長編を二作、書き上げた。文学賞に応募しているので、来月号に予選の結果が出る。物忘れが出始めたうえ、記憶力の悪い自分が、読者を泣かせるほどのものを書けたとは驚きであった。

 料理を作る時は、泥を落とし、皮を剥き、調味を考え、野菜の味の混ぜ合わせを考えたりするが、作品を作るとはまさにこのことである。想像力、創造力が要求されるが、小説の場合は、その作品のレシピはないし、似たようなものが出来たとしたら、失敗である。あくまでその作者しか書けないものを書くことが要求される。

 素材の味、現実体験の味を失わないように、そして、読者に味を楽しめるようにと、書いた。

 料理をすることによって、体験を客観視し、俯瞰した。それによって心の中にわだかまっていた過去をある程度、ご破算することが出来たように思う。

  (罠に掛かった子イノシシ)も短編に仕上げられそうな気がして、取り掛かっている。

 

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