ブログ - 20260512のエントリ
このホームページを立ち上げて、ほぼ二十年になり、わたしも七十九歳になった。人から変り者と言われ、それにコンプレックスを持っていたが、ある時、少数であることは価値のあることではないか?と、気づきレアという言葉と結びついた。今ではレアという言葉も、レアもの、と呼ばれかなり普及してきたがまだ差別され、遠ざけられる傾向があり、今でも私は、変り者、変人と呼ばれることがある。同時に、そのことを恥じている人々もいるのである。
ビジネスでも学問でも、スポーツでもあらゆる分野において、芽を出し、勢いを持って行くのはレアであるがまだ認識されておらず、既成のルールや元年に支配され、真実が遠ざけられている。この前、ある町会議員から、議会で座る場所は決められていて、年齢の順や在籍が基準んである、ということを耳にした。その仕組みが権力になり、町政の変革や改善はできないことになっているのである。わたしは教会の日曜礼拝に通っているがそこでも座る場所が指定されている。神とは異なる考えを口に出すことはタブーなのであるので、ある時、説教の話をしてくれと言われたことがあったが、自分が口に出すことを考えると聖壇に立つ気にななれなかった。そこで自分がしゃべる時は、神を捨てる時である。神が命を作った、という創世記の箇所は信じているが、そのほかは文章が長ったらしくて読む気にならないのである。
