ブログ - 日記カテゴリのエントリ
昨日も、敷地内の草刈りをした。草刈り機で刈るが、700坪の中の三分の一ほどが畑と庭であるから、来年は出来るか?体力はどうか?と不安になる。なにしろ、肥料をやっても育っていた野菜は消え、ヤブガラシやギシギシ、ツルがはえまくり、セイダカアダチソウなどは背丈にも伸びてジャングルとつくっていた。草刈り機の歯にそれらが巻き付いて、なんどもむしり取らなければ先に進めない。ロシアと闘うウクライナ兵みたいなものである。
大まかに刈り終えたが、つぎは管理をまかされている200坪の草地が待っている。そこは平地で肥料をやっていないので草の背丈は低い。
今日の朝、足腰が立てないのでは?と不安であったが、立って歩けたので良かった。今日は選定はさみで刈り残した草を刈っていこう。
大腸がんの検査をして見つかったポリー王を切ろうかどうか?と医者に相談したが、寿命を85歳としてみればあと何年間の命であるから急いで切ることもないと判断した。
寿命を目先にすると気持ちがすごく安らぐのである。深沢七郎の小説・楢山節考の書き出しにあるように、おりん婆さんが楢山詣りに行けることを楽しんでいるのに似ている。楢山詣りとは姥捨てにされることであるが、その息子も悲しむどころか母親同様彼に嫁が来ることに期待しているのである。母親を山に捨てるというすごく難しいテーマを深沢氏はのんびりした筆致で描いており、すごい!という言葉しか思い浮かばない。
自分は年金とバイトで食いつないでいる生活であるが、気候も暖かくなり、知り合いも増えて、ごはんも美味しく食べている。(日本人にうまれてよかった)というコピーは50年も前に大村崑さんがテレビの中でひょうひょうとした顔で言っていたがその気持ちに自分が重なっていることを知った。親の期待に押しつぶされそうになりながら、何をやってもダメだった男が末期を迎える。これもまた楽しからずや・・・・。という気持ちである。
ウクライナ戦争のニュースを観ながら、あんな国もあり、サタンのような男もいる、戦争で破壊される街、殺される市民や子供たち、・・・。幸いにして日本はいまのところ戦争はなく、医療も福祉も充実しており、自分の住む街は自然災害も起こっていない、人々はやさしく、争いもない。。
そんなことがやっとわかってきた。若い頃、そうであればもっと幸福であったであろうが、当時は親の期待が強く自分自身の欲望も激しかったので、目が濁っていたのである。人生の残りは少なくなったがロウソクの火が消えるまで強い好奇心をもって生きて行こう。
うちの家には虫が多く、種類も多いので自分などその中の一種類として生活しているようなものである。先ほど一週間ぶりに部屋に掃除機をかけると、畳の目の端くれやホコリが吸い取られ、掃除機の音に反応したのかアリがあちこちから出て来た。お菓子やパンのカスがあるので彼らは部屋のどこかに巣をつくって生活をしているようである。ゴキブリ、クモ、南京虫、蠅、などもわれと一緒に暮らしている。
軒の下に出て見ると一匹のダンゴ虫がひっくり返り、空を搔いていた。たぶん転がったのは初めてであろうが、起き上がるコツを知らないようで、いつまでもたくさんの足で空を掻いていた。なにか自分の人生を見たようで、足掻(あがいて)いたのである。
昨日、大腸がんの検査をして来た。ともかく準備が大変であった。前日から下剤を飲み、ワーファリンを控え、朝食はとらず、病院に着くと三時間かけて一リットルの下剤を飲み、便の中に固形物がなくなってから検査に入った。お尻の穴の開いたパンツをはき、軽い麻酔剤を打たれ、ベットに転がった。三十分ほど検視鏡で大腸の中をかき回されて終わった。結果はポリープがたくさんできているが、血液サラサラの薬を飲んでいるので切除はむずかしいということであった。大きな病院を紹介するという。
ふつうであればガンでなかったことに喜ぶはずであるがどこか期待外れであった。ガンであってもなくても、今、76歳であるから寿命は四、五年とお思われる。癌であっても四、五年は延命するであろうから同じようなものだと勝手に考えたのであった。
今回も神が生きながらえさせてくれたと考え、少ない人生を生きようと思った。
今年の5月31日、三十代の若者が、ぽっち、と言われていると邪推して、二人の女をナイフで殺し、二人の警察官を銃で殺した。殺人事件を耳にして驚くことはなくなっているが、ぽっち。という言葉が自分の耳を刺した。それは自分のことであり、自分に言われたも同然であった。
小学校の頃から自分は変わり者だと思っていたし、こんなおれが生きて行けるかと不安に思いながらランドセルを背負って下校した記憶がある。中学、高校と成長していくにつれてますます自分の変わりようが明らかになっていった。ドモリである、中学校に不正入学させられた、女に憧れるが怖い、頭が悪い、人付き合いが苦手、スポーツも苦手である、など何一つ取り柄がなく、自殺をしても未遂であった。
だが、大学の空手同好会にまちがって入り、一撃必殺の世界で、半死半生の目にあって、自分で起き上がることを知った。宗教や文学、哲学などを学んで世間の考え方に間違いのあることを知った。自分がおかしいのではなく世間がおかしいのである。それを追求した結果、このホームページの冒頭にある言葉にたどり着いた。
この事件の加害者がもしこのことに気づけば殺人にはいたらなかったはずである。世間は正しくて自分はまちがっていると洗脳されていたからナイフを振り回し、銃を発射したのである。逆説的に言えば三人を殺したのは世間なのである。世間は無言の圧力で加害者に迫っていたのである。
暴力事件のほとんどは人間関係である。今の自分は妻子はおらず、金もなく、地位もなく、友もおらず、なにもないぽっちである。だが、幸いなことに老いぼれ老人に世間は期待はしない。
ぽっち、で悩んでいる若者こそこのホームページを読んでほしい。
もっともっと悩んでほしい。ぽっちであることは希少な価値があることを知ってほしい。
今日、病院に行って、医者の問診を受けた。便秘が二か月も続いて、ミミズほどの大きさの便がやっと出るような状態である。クスリを飲んでもあまり利かなくなった。ポリープくらいでは便秘にはならないと医者は言った。
小雨の降る日であったが、傘をさして、山を散歩した。チップ農法で野菜をつくっている男の畑を訪れ、育ち具合を見た。トマトやナスが育っていた。。彼は電動自転車に乗って通い、絶壁の畑を耕していたが近頃見かけなくなったのでどうしてるか?考えていたが畑作りをしているようで安心した。
それから、書きかけのホラー小説の事を考えた。もう少し,主人公の怖い部分を書けたら、ベストセラーになるかもしれないと勝手に妄想した。
来週の木曜日に内視鏡で検査をすることになっている。そこで、肉片を送って癌細胞の検査をするであろう。たぶん大腸がんという結果が出るだろうが、手術をするとなったら、出血をした時が大変である。ワーファリンとバイアスピリンを飲んでいるのでどこまで出血を食い止めることができるかむずかしいのである。そこで死ぬかもしれないし、大腸がんでなかったら便の処置をどうするのかわからない。
これまで何度か死に目にあってきたが助かった。今度はダメであろう。今、76歳なので80歳までが命の限度であろう。
死ぬことはまったく怖くないし、待ち望んでいるようなものである。今の日本はメディアを含め、自死や自殺に触れることはタブーになっている。死を美化したがために太平洋戦争で相手に犠牲を出し日本もひどい目にあったことは確かであるが、もうそろそろ、(死)に取り組むべきではないか?
がん細胞は誰でも持っているのである。それが通常細胞より多くなった時が発病であり、多くならなければ癌ではないのである。人間は通常の生活の中で生と死の隣り合わせの生活しているだけである。
今日は二つに宗派のキリスト教会に、礼拝に行った。
午前中は・・教で午後は・・教である。毎週通うようになって、教会に行くのは楽しい。金は要らないし、エアコンのきいた部屋で信者たちとおしゃべりができる。むずかしい話をしても煙たがられないし、逆に話題になって喜んで反応がかえってくる。キリストは奥が深いのでますます興味がわいてくる。
午後に行った教会で、タイトルの俳句を隣席の青年に読み上げると、面白いと言って関心を示した。聖句の中に神がいろんな花をデザインしてつくったと書いてあることが話のきっかけであった。(創世記)にあるように神は人間も含めいろんな生物をつくったのであるから、きれいな花も作ったことは理解できるが、花は美しさというのがわかっているのだろうか?花の数はすごくたくさんあるが、それぞれ個性をもっている。ダリアやアジサイ、シャクヤクなどそれぞれは蝶や蜂を惹き付けて交配してもらわねばならないので匂いや容姿で競っている。どの姿や色がもっとも引き付けるか考えていて、人間の女が化粧をするように工夫をしているように見える。心があると考えると楽しくなる。この俳句のようにバラの花が花瓶の中からか鏡を見て、うっとりしてる想像すれば楽しいことである。
昨日、その若者と会った。弁当配りのアルバイトでロビーに集まっている時、そばを通りかかったのを見つけたからであった。椅子に腰を下ろしてしゃべったが、彼は喫煙をするからということで教会に来ないように言われて来なくなっていた。牧師の判断であったが、彼は煙草を吸う時は教会を出てこっそり吸っていたのであり、それで出入りを止められたことに自分は疑問を抱いていた。だが、あまり言うと自分も教会に通えなくなると考えて口を入れなかった。
彼は新聞配達をしていたがまたうつ病になり、便秘もひどくなって筋トレに通い始めたといった。
自分もうつ病の気があり、人ごとではなかった。何もやりたくなくなりすべてのことが面倒になって死にたいとばかり考えるようになるである。そうかといって一日中座椅子に転がっていることは出来ず、草むしりなどはじめ、カラオケ会など参加してやっと体が動くようになる。
自分が本格的なうつ病にならないのは好奇心のおかげであろう。女、株式投資、ホームページ、小説、俳句、野菜づくり、産直店への出荷、そこからの売り上げのメールを見ることなど好奇心が衰えることはない。
今度、その若者に会ったら自分の体験を話してやろうと思う。
二、三日前のヤフーのニュースにこんな記事が出ていた。グーグルの偉い人が、AIが人類を追い抜きそうなることが怖いし、また、組織の中にいると自由に発言できないので職をやめると言うのであった。最初は驚き、考え直してみたが、よくわかった。AIはすでに人類を追い抜いているであろう。わたし自身をも追い抜きそうである。自分のスマフォに聖書の聖句や株投資の案内、エロの勧誘などが来るのは自分がそれらを検索しているからであり、キャシュレスを使うようになれば何を買ったか注文したかもわかる。好みがわかればそれに関する情報を流してやればとびつくことはまちがいない。人間を支配するのは簡単である。すでに企業はAIをさかんに利用している。
ところが、五十年前、スタンリーキュウブリックの(2001年宇宙の旅)という傑作が放映された。考え直すとその映画はまさに今を予言していたことがわかる。最初のシーンはゴリラが原野で石器で土を叩いている場面であった。なぜそんなシーンを出したのか?疑問であったが、それから時代がすすみコンピューターをあやつる宇宙船の中になり、AIが登場し、人間との闘いになって、最後はAIは電源を切られて死んでしまうのであった。
まさに今の時代を言い当てていることがわかる。
だが?と自分は思う。AIであれば三百メートルの道を進む場合、車が一番早くて良い、と判断することは間違いない。だが、自分や人はちがう。歩いて進んで行けば体の運動になるし、道で拾い物をするかもしれないし、知り合いと出会って心が和むかもしれない。
それにAIは秩序だった反応しか出来ず、意外性や奇抜性がなく、逆説というのがわからず、対立する考えはできない。それらはレアが得意とする分野である。そんな時代の中でレアは重要性を帯びてくるのである。まわりはAIの顔ばかりである。眉目秀麗という言葉があったが、濃いく長い眉に高い鼻、きれいな眼の男女ばかり。まさにAIに支配された顔である。
テレビは壊れたまま放置しているし、ラジオも聞かなくなった。スマフォさえあればなんでも間に合う。座椅子に横たわって、見る時間が多くなった。動画に人がライオンに食い殺される場面が出ていたのでひらいてみると、草原に赤い血を流して人が倒れている。ライオンがその背中から食いついている。恐ろしいが面白い。だが、おかしい?こんな危険な場面を撮影できるはずはないし、食い殺される場面を放置して撮影するなんてありえないのではないか?と考える。よく見ると、ライオンの姿は本物ではなく模造のような感じがし、模造だとわかった。
模造だとわかったから良いのであるが、動きがもっと精妙になり、日付や場所が入ればどうなるか?ほとんどの人は事実と信じてしまうにちがいないし、今の報道のは、メタフィだと断ったりしない。フエイクであれば今の所、報道機関はフェイクだと断っているが、近頃のニュースは事実だと見せかけながら広告になったりする場合がある。
報道機関は視聴率さえあがれば良いのだから、模造はもっと巧妙になるに違いない。エロ動画などみていると裸の女を出し、この娘とセックスしてみる?とたずねてくる。イエスをクリックするとどうなるのであろうか?やってみたことはないがうっかりやってみるかもしれない。
若者の自殺が増え、日本は世界でナンバー・ワンだと報道されていたが、自分のような老獪な年寄りが時代に恐怖をおぼえるのだから、若者にとっては気が狂うか自殺したくなってしまうだろう。
精神世界の中核が消えてしまった。ロシアとウクライナは戦争をやめないし、コロナはいったん消えかけたと言ってもポスト・コロナは待っている。
まずできることは政府が模造に対して、規制をかけることであるし、報道する側も模造であると断るべきである。そうしないと今回の広島サミットの開催中に、ロシアがその会合場所に核を打ち込む動画だって出たかもしれない。
今日の日中は真夏日で、気温が32度もあった。自分の屋敷は700坪もあって、畑が300坪ほど占めていて、小さな野球のグランドほどもある。今日まで200坪の草を刈っていたが、残りが手ごわそうであったし、それだけではなく体力と足腰の具合も考えないと、もう歩けなくなる心配があった。
ギシギシと言う草は背丈ほどにも伸びており、硬さは木の枝ほどもある。ジャガイモを植え、チンゲンサイ、ゴボウの種をまいていた畑地なのに、それらの姿は小さくなって消えかけ、おまけに虫に食われている。ギシギシは我がもの顔で、虫には食われず、肥料を食ってたくましく伸び、視界と光を遮っていた。毎年のことであるが、そんな野菜は店には出せないし、自分一人が食べても余ってしまう。けっきょく草刈り機で刈って、肥料にするしかないのである。
古い草刈り機は先日、2500円で修理してもらい、長持ちしてくれているが新品で買い替えれ25000円もする。ギシギシから刈り始めたが、下草が長くて歯に巻き付いてしまう。それを払いのけながら腰を振って刈っていった。木の株や石などに歯があたりながら、そのあたりは昨年西瓜を植えたがアナグマに食われたことを思い出した。汗まみれになりながら、三度ほど休み、何とか刈り終えた。次は刈り残しを刈れば屋敷の草は終わることになるが、夏と秋の二回が待っているし、以前住んでいた屋敷の草も残っている。
畑の椅子に腰を下ろして刈り跡を見回していると、さっそくヒヨドリが忙しく動き回り、地面に顔を出したミミズをついばみ始めた。五羽もいたが連中は草刈り機の音を耳にするだけで餌のありかをみつけるのである。一匹などはミミズが長すぎて地面に何度も擦る付けながら食べていた。
こんな生活も良いものである。
昨日の日曜日は教会に花を持って行き、今日は礼拝には参加できません、カラオケ発表会に行きます、と、ことわって、会場に行った。サンリーアイという大きな公共施設で毎年行われているイベントである。カラオケ教室をやめて三年たっていたので少し気まずさがあったが、その頃の仲間は以前同様迎えてくれた。自分とカラオケ教室の先生との歌い方の対立でやめたのであった。その頃の、同輩の男の姿が見えないのでたずねてみると、免許の更新テストで認知症がわかり、やめたというこというこたえが返ってきた。熱心に教室に通い先生を抜くほどに上達した彼が、身の回りのことがわからなくなるほど悪化したなんて?ただおどろき、自分にもその状態が迫っていることを知った。
前回のブログで書いている白石さんは仲間に囲まれて、車椅子に座っていた。両眼の見えない彼に、わたし、憶えてますか?と次々に仲間から言い寄られ、笑顔を浮かべてこたえていた。彼は自宅にカラオケ仲間を呼び、歌っていたので仲間が多かった。
彼が車椅子でステージに立つときは十人ほどの仲間に付き添われ、楽譜も見えないのに特攻隊の歌を歌った。優しい口調で、笑顔であった。
夕方まで観客席に座って見ていたが、ただ、感動するのみであった。
帰宅した翌日の今日、この文章を書きながら、ブログのタイトルに晴れの日、とつけることを思いついた。十人もの仲間に囲まれて、軍歌をステージでうたうなんて、ただ、敬服し、うらやましがるだけである。白石さんは白髪で顔色は白いピンク色で仏さんのような表情であった。奥さんは少し離れて笑っていたが、家では彼女が身の回りの世話をし、発表会の日のメイクも化粧もしてくれたに違いない。世話をするのは大変だが、楽しみにちがいない。以前はいつも叱り飛ばされていたのに子供が産まれたような日々であるかもしれない。幸福を祈るだけである。