出社の時間は決まってないので、彼はだらだらした気分で布団の中にいた。
ケイタイが鳴った。
市民新聞の制作編集者だった。選挙の写真のアングルのクレームであった。これでは立候補者ではなく街路樹が主人公になっていると彼はいった。智樹は撮りなおすとこたえ、仕事に気持ちが向かった。仕事が彼を助けてくれ、彼はそこへ逃げ込んだ。
智樹は美咲と別れる決意をした。それ以外に方法はないと考えた。
美咲に電話を入れた。
芳恵が関係を知って逆上したことは話したが、通り魔の件は話が複雑になるので持ち出さなかった。。
彼女は黙って聞いていた。彼は話しながら彼女の気持ちを自分の内部に投影し、胸を痛めた。受話器の先でスカートの端を摘む彼女の悲しい表情が浮かび、耐えきれなくなったが、離別は避けられないことであったと観念した。
「あなたを苦しめたくないから、会わないことにするわ。でも時々電話で話をするくらいは奥さんも認めてくれるでしょう?」
「それはそうさ、長いつきあいだもの。糸を切るようには切れないさ」
「私の心の中にあなたが生きてることは実際に会っていることより強い結びつきかもしれないわ」
「よくわかってくれてる。その言葉の意味はじゅうぶんにわかる」
そんな会話を交えた。
そうだ完全燃焼してしまえばそれで終わってしまうのだが、会わないことでの不完全燃焼は燻りつづけいつまでも赤い糸を繋げていくことになる。そんな勝手な解釈をした。
芳恵にはこれまでのことを詫び、二度と会わないことを告げた。
「三年間も騙しつづけた男の言葉がそう簡単に信じれると思うん?」
彼女は言って、口を閉じた。
「信じてもらうしかない」
彼にはその言葉しかなかった。
それから彼女は知ってる限りの女関係を持ち出した。明らかに邪推、妄想の領域に入り込んでいるとしかいえない女の名前まで持ち出し、女狂い!、と何度も叫んだ。彼は(沈黙は金なり)を決め込み、訂正を求めたり言い訳はしなかった。
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