智樹は首を縦にふり、喉が渇いていたせいかコーラをいっきに飲んだ。
「考えてみれば俺達は産まれてから毎日催眠にかけられてるようなもんだよ。テレビや新聞や世間話、それらに囲まれた生活をしてるんだからかけられていない人間なんていやしない」
智樹は言って、勉の口はかたいと読んだ。
「でもまさかこんなことをやってるなんて思わなかった。人の様子をさぐるのが好きなら興信所の仕事でもやってみたら、面白いんじゃないか?」
「仕事になると面白みがなくなるんじゃないですか?ともかく、ぼくは父の遺書とあなたの結末の興味があります。迷惑でしょうが探らせてもらいます」
(探らせてもらいます)の言葉に智樹は高笑いを抑えた。
それは智樹の仕事なのであった。
「そうか、探ってくれ、きちんと記録を残してな」
智樹はこれは二人だけの話しであると考え、仲間をえた気持ちになった。
そこに長くいることは無用であった。
「さて!これから俺はどうなると思う?」
智樹は立ち上がった。
「災難が待っていますよ。たっぷりとね」
勉は笑い、冷ややかに言った。
「そうだろう。闘いがいがあるというもんだ」
智樹は前を向いたまま言った。
第十四章
芳恵の口数が減った。
理由は言わない。
智樹は彼女の気配にどんなが心理がひそんでいるのか、感じとろうとした。硬く、彼を遠ざけようとしている気配であった。
態度も乱暴になった。
彼が食事をしてる時に大きく鼻をかみ、そのティシュをゴミ入れに投げ入れ、平然としていた。以前は見られないことであった。 必要以外の言葉は発しなくなった。家の中で彼との距離が一メートルも近づこうものなら、身を避け、彼が離れるまで立ちすくんでいることに気づいた。彼はその原因を自分に知っていたし、(なぜ、避けるのか?)と問い詰めることは地雷に触れることでもあったので、さり気ない振りをしていた。
裏口から家に戻り、靴を脱いでいると、真っ暗な浴室から水音が伝わってきた。
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