前の家の車の出入りもない。
智樹は自室の引き戸を開けた。
足を忍ばせてサンダルをはき、外に出た。
ウオーキングをするようにのんびり歩きはじめた。気配を探り目に入る物をすばやくチェックしていった。街路樹のまわりを見たがなにもなかった。向かいの佐藤隆の家は一階、二階とも部屋に電灯がともり、門扉、鉢植えの花、庭の白い女の彫像がいつものよう見えた。
一戸建ての家ばかりがつづいている。一ヶ月先のクリスマスを見こして庭にツリーを並べ、イリュミネーションで飾り、きらびやかに点滅させていた。サンタクロースやトナカイ、雪ダルマ、七人の小人の人形の貼り絵まで飾って豪華さを競っている。まるで繁華街に入った気分になる。智樹はばかばかしさを覚えながら自分の家のツリーのことなんて考える余裕はなかった。
誰とも出会わない。
前にアパートがあった。
彼は足を停めて見た。
入居者との付き合いはない。
10個の部屋の窓のうち3つに明かりがつき、遮光カーテンの隙間から明かりが漏れている。人の姿は見えない。
智樹は昨夜叫んだ男が行ったり来たりした道をなぞって行った。見かけるのは近所の者や通行人であり、不審者や不審物には出会わなかった。
智樹は帰宅し、自室に座り込んで、もう一度中を点検した。壁の絵、ノート、ボールペン、ビニール袋に入った飴玉、ツマヨウジにいたるまで仔細に目を通した。
パソコンのスピーカーが目に止まった。
美咲から譲り受けたものである。
「そんなところで何をこそこそしてるんだ」
彼女はそこからその言葉が流れたと言った。
サアハジマッタナ
(さあ始まったな)
何が始まったのか?
出来事や事件か?俺に降りかかるそれら。
声は装置から流れ送信した者ではないか。
ウーハーが音波を拾い、震えて声に変えたのだ。
部屋の中にあるものでスピーカーの機能をつけているものはほかにテレビ、ラジオがあった。
彼はすぐに準備に取り掛かった。
以前、トラックの違法無線の調査をし、実態を記事にしたことがあった。
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