そのことを彼は感じとった。
しばらく眠った。
体がおき火を残して灰になっていく。
寒さを感じ、かけ布団を美咲にもかかるようにかけた。
彼女は体を胎児のように曲げ、両手を組んで智樹の肩にもたれている。
いつも醒めるのは彼のほうが早かった。
窓辺に束ねられたカーテンのすそが押されたり戻ったりしているのを、はた目に見て気になった。白いカーテンは窓枠とガラス戸の間を出入りしながら何かを告げ、黙示しているようだった。なんとなく部屋の中を盗み見ているように思え、それに対して後ろめたさを覚えたのは、美咲の夫の存在を意識していたからだ。夫が不倫の現場を覗くことは間違いなくあり得ることである。
けれども夫は半年前に すい臓癌で亡くなっている。
癌が発見されて命は半年も持たなかったから、死後の備えは最低限のことしか出来なかった。葬儀のやりかた、遺産の分配、個人的な支払い、不要な契約の廃止、病院の後継者選び、大学の講義の後継者選び、そして美咲の行く末である。夫は抜かりなく計画を達成した。
智樹が薄目を開けて見やると、窓は閉じられ、カーテンは動いていなかった。それは確かであったので彼は自分の感覚を信じた。が、視線を天井に戻すとカーテンは脳裏で行ったり来たりしはじめた。のんびりと構えておどかしてるような動きである。思い込みが錯覚を起こさせているのだろうと考え直し、高をくくった。
彼は自分が神経過敏になり、脆弱になっているのではないかと考えなおした。窓辺に目を向けて、正視してみた。
レースの花模様が重なり、寄り添っているだけで動いてはいない。目を凝らしても小さな虫さえ見当たらなかった。
目に狂いはなかった。
目を戻して閉じると、脳裏にはなにも浮かんでいなかった。
幻覚であった。
鎧戸が開けられ、ザラ目の厚い曇りガラスが陽光を薄く取り込んでいるだけで先は何も見えなかった。空の下で砂浜が広がり、白い渦を見せて波が這っていたのだろうが、曇りガラスは何も伝えてこなかった。厚いコンクリート壁が隣室はおろか通路の気配さえ消していた。それは客を安心させるための配慮であろう、日常とは異なる世界であった。
ラブ・ホテルの二階、その一室であった。階下は駐車場になっている。
「時間はだいじょうぶ?」
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