木の枝葉がくっきりした影絵をつくり、そのまま止まり、智樹と向き合った。彼は自分が見られてるように恐れた。
車のライトは消え、車のドアが閉まった。玄関のドアが開けられ、音を残して閉まった。
翌日、警察署を訪れたのは男の正体を知るためであった。
警察官は次のように話した。
男は生まれつき、脳の伝達回路に欠陥があった。正常であれば信号が一、二、三、四、と順序良く進むところを回路から外れ、躁状態の時には異常に興奮し、一から四への回路にすっ飛んでしまう。鬱になるとほぼ0の状態あるいはマイナスにまで落ち込んでしまう。人間関係でも仕事でも失敗し、それでも四十になるまで飲食店や印刷工場でアルバイトをし社会生活を送ってきたが、すでに家族、友人から疎んじられ、職も見つからなくなった。精神病院に三度目の入院をしていた。薬の効果が現れて、暴力行為は影をひそめたので、矯正施設に個室を与えられ、土曜、日曜に一時帰宅していた。もちろん、身元引受人に当人が精神安定を呑むことを約束させてであったが。
昨日の言動の時は極度のソウ状態にあった。問いただしたところ、自分が何をしたか、何を叫んだか全く覚えてないし、何故自分が家を出たのか、あげくに警察に関わられたのか理解出来ない、と落ち着いて話したのだった。
警察官の目をきちんと見て話し、(教えてください、何があったのですか?)そんな質問までした。
身元引受人である兄が現れて引き取り、病院に戻った。
逆に警察官は智樹と女のことに興味を示し始めたので、智樹は長くいることの不利を感じた。仕事があります、と言ってその場を退いた。
智樹は帰宅すると、美咲のケイタイに電話を入れた。
しばらく会うことを控える、と言った時、彼は別れる事を決意していた。(しばらく)がいつまでもになっても構わないし、それはお互いの身のためであった。家のそばをうろついた男のことを詳しく話すと、彼女は黙りこくり、受話器の先に怖がる気配が窺えた。
彼女の方から改めて電話を入れると言って、切った。
次は妻への対処であった。
「熱いからね、お父さんがフウフウしてあげるね」
智樹はそんなことを考えながら、肉じゃがの肉を箸で取り、息を吹きかけて、二歳半の息子の口に運んでいた
息子は、ウウ、ウウ、と言いながら、二本だけ歯を見せた口の中に入れ、
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