三人の警察官は素早く行動に入った。
近所の者は(智樹、おれの女を返せ)
とはっきり聞いたであろうか?
一人が男の両足を抱くと、二人はそれぞれ右腕、左腕を掴んで抱き上げ、運びはじめた。男は抵抗もせず、警察官達はパトカーの後部席に彼を押し込むことが出来た。
智樹はその様子を見ながら、男の年恰好が四十歳前後だと判断した。過去の記憶を照らし出してみたが、まったく覚えのない男であった。
警察官は智樹に参考人として同行を求めた。
智樹は同意するつもりだったが、家に残した息子を思い出し、その事情を話した。
警察官は理解し、智樹の名前、住所、電話番号を聞き、協力をお願いすることがあります、と言葉を添えた。
妻が帰宅すると智樹は、不審者がうろついていたので警察が保護した、とだけ伝えた。
「最近、そんな人が増えたわよね」
彼女言って、パーティに知人、友人が多く来て楽しかったと言う話をした。
妻と同じベットに入るのは気が引けたので、彼は、仕事があるから、と言って仕事場に入った。
ウイスキーを呑みながら、考えた。
出来事と美咲の夫の遺言の内容を照らし合わせてみた。
あの男の言動は俺をターゲットにしているにちがいないが、まったく知らない男である。誰かに操られて俺を脅迫しようとしているのではないか、あるいは金を握らされて動いたのではないか。
男の正体は警察署に行った時にはっきりする。
男の言動は記録があるか証人がいない限り、俺への名誉毀損の立件は出来ない。
今後の備えとして、美咲と会うことをしばらく控えることにするが、彼女が了解するか?
了解させたとして、美咲との関係はいっさいなかったことにすれば、片付くか?もちろん証拠は残ってないはずだが。
今回だけですむことであろうか?
芳恵はいつ気づくだろうか?
気づいたらどうなるか?
静かな車の呼吸音が寄ってきた。
向かいの佐藤隆の息子の帰宅だ。

車のヘッドライトが通りに面した曇りガラスに影絵を浮かべた。 

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