「あー、この顔な、女やけしょうがないやんけ」
彼女は笑った。
顔にパックをしていたのである。
「わかった」
彼も言って笑った。
「あんたなあ、女がおるんとちゃう?あんたの車が葉山のラブ・ホテルによう停まっとるちゅう話や」
「えー、そんな話誰から聞いたんだ?」
「近所の私の友達のなあ、知り合いの旦那がそのホテルで不倫をしてたんでいつも見張ってたらしいんや。そしたらケンメリの白のスカイラインが時々ラブ・ホテルの駐車場に現れるんやて。ナンバーも1919やて、いやらしいな」
智樹はケンメリのスカイラインを愛用していて、ナンバーもその数字であった。車は三十年前に発売されたもので姿を消し、街中で見ることはほとんどなかった。
「あー、あの時はな、そのホテルに女とかよう男の調査があったんだ。金と女がからんだ政治家のスキャンダルさ」
「よくある話さ」
と付け加え、お茶をすすった。
「ふーん」
彼女は白く塗りたくった顔の中から両目を光らせて彼を見た。
智樹は表情を変えず、見返した。
「とりあえずその話を信じとくわ」
彼女はドアを閉め、居間に去っていった。
智樹の箸の動きが遅くなった。
考え事が増えて、(飛び火)の件は頭の中から消えた。
たまにはスカイラインで行くことはあったからそれは止めて、レンタカーにしよう。
まさか葉山のホテルで見つけられるとは思いもしなかった。
人の目はどこにあるかわからない。

智樹は(飛び火)の第二章を書き、市民新聞に掲載した。題一章の反響はまったくなかった。それは書き出しであるから読む側にはなんとも言えないものだろうと考えた。
文章は短く的確に書かれていた。
作者が鐘津に行き、怜子の焼身自殺の現場を訪れた。
チャンポンを食べ、その店にいた男と知り合った。男から焼身自殺の事件の真相を聞いた。ホテルの屋上の露天風呂に入り、部屋に泊まった。
勉はその内容から智樹の動きを読み、探った。 
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