年間購読を頼んでいた。一万五千円を振り込んでいたので毎月配達されていた。茶封筒に折りたたまれて、郵便受けに投函されている。
(飛び火)と言うタイトルのノン・フィクションがシリーズで始まり一回目が掲載されていた。原稿用紙二枚ほどで、作者は仮名になっていたが智樹であることを勉は知っていた。
勉は父のパソコンの削除部分を復旧していたので父の企みを知り、智樹の結末を予想していた。結末は智樹の家から出火することであった。勉はまさか?とも考えたが、父の力を信じてもいた。もちろん智樹はそんなことは知らず、現実の進行をノンフイクションにするという無謀なやりかたを始めている。創作であれば作者は結末を知っているからストーリーがおかしくなることはないが、このやりかただと現実の進行がテーマとストーリーを裏切る可能性もある。その時作者は作品の破綻に出会わなければならなくなる。逆に作者の家が火事になった場合、彼はそれを書くのであろうか?
そこで勉は時間と空間に考えを振り向け、彼独自の絵を考えた。人間は智樹のように未来の脚本が書かれ、それにそって人生が進んでいるのに見えていないのではないか、そのズレの中で生活しているのではないか?
それを絵画的手法で描く方法はないか?
智樹はその日の午後十時、遅い夕食を自宅の食堂間でとっていた。一人で箸を運びながら、(飛び火)の第二章の内容を頭の中でまとめていた。
(怜子という女は電話でおしゃべりをしながら、猛火の中で笑っていた。
誰と話し、何を話していたのだろう?)
その相手を見つければ内容を話してくれるだろうが、その光景だけでも興味をそそられ、また怖かった。
人の気配を向かいに感じて目を向けた。
引き戸の明り取りのガラスに白い顔が隠れ、じっとしていた。
顔中を白いマスクで隠し、目、鼻、口だけを出した女。
引き戸が引かれるとそれが現れ、彼をギョ!とさせた。
「ハマグリのお澄まし汁を作っとたんよ。温めてあげよか?」
芳恵が優しい声を出していた。
「どうしたん?そんな怖い顔して」
彼女は智樹の顔を不思議そうに見た。
「怖いのはそっちの方だよ。そんな顔してびっくりさせるな
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