「そうですが、レンガ造りは地震の横揺れには弱いんですよ。かえって木造のほうが強い、柳の木のようにしなりますからね」
「地震はそんなに来るもんじゃないけど火事はいつでも起こる可能性がありますからね。このレンガ造りだと隣の家が火事になってもだいじょうぶですよ」
智樹は探りを入れた。
佐藤は表情を変えず、智樹の家を見ていた。
「災難なんていうものは予防は大事ですが、来る時にはどんなに用心してたってくるんですよ。わたしは三十年間生保で働いてよくわかりました。交通事故を起こす人は不思議になんども起こすんですよ。起こさない人はしょうしょう無理な運転をしていても起こさない」
「それはどんなちがいからくるんでしょうねえ?」
「それがわかれば保険屋はもうかりませんよ。神様にしかわからないことでしょう」
佐藤は言って笑みを浮かべた。
(聖火ランナー)という言葉が突然智樹の脳裏にひらめいた。
オリンピックの開催地にアテネから聖火をリレーで運んでくるわけだが、あの一連の火事が(業火のランナー)とでもいうべきもので、隆に宿ったテレパシーを運んでいたとしたら?
それは考えすぎであろうか、と思いながら智樹の家の垣根の杉は目隠しだけでなく防火の役にもたつと思った。
「そういえばあなたは新聞記者をされてるということでしたね?最近,良いネタがありましたか?」
隆は少し構えて智樹の顔を見た。
智樹は急な質問を受けて、言葉が出なかったが、
「なかなかむずかしい事もあって、新聞記者っていうのは世間でいうほど良い仕事じゃないですよ。でも、火事は怖いですね」
と探りを入れた。
「火事っていうもんは家の中から起こった時はどうしようもないですからね」
隆は平然と言って、コップも持ち上げ、残った氷を美味しそうに噛み砕いた。
彼はその言葉を意図して出したわけではなかったし、智樹が彼の前妻の放火心中事件を探っていると言うこともまだ知らなかった。引越し先の近所で何度も火事が起こったことは知っていたが彼の観点では(なぜ、俺の移転先の近所は火事を起こすのだろう?)という被害者の立場であり、自分に原因があるのでは?という考えは起こりはしなかった。 
前
火炎p78
カテゴリートップ
火炎
次
火炎p80