ありました、と言って読み上げた市名、町名、番地は智樹の家のそばのものであった。
 智樹の意識が吹っ飛んだ。
 山本には「よかったですね」と言ってケイタイをきった。
 家を出て佐藤の家の前に立った。
荷造りのダンボールが縁側に出され、越してきたばかりであった。カーテンは閉められていたが、家の中は蛍光灯が点って明るく、すべてが新しく輝いていた。
 智樹はメモした紙を手にして番地の表示板を探したが、新築で打つ場所が決まらないのだろうどこにも見当たらなかった。隣の家まで歩いて行って探すと門扉のそばに番地表示が見つかった。番地の表示は右回りなので佐藤の家はその一つ前の番号になる。その慣習に従って推測すると一致した。
 智樹は驚きのあまり笑い出したくなった。
 震える腹に力を入れて、こらえた。
 なんということだ!
 あまりに話しがうますぎるというもんじゃないか?こんなことってありえるのか?いいかげん、勘弁してくれよ。
 佐藤一家の家は百坪くらいであったが、車四台の駐車場を玄関の前に設け、さらに玄関右手の本通り、その歩道との境にも縦に四列の駐車場を設けていた。来客用であろう。家は地上げをされて小道との境はフェンスで仕切ってあった。庭の家が外からはっきり見えるつくりであった。小さな西洋式庭園に木と花が手際よく配置され、ビーナスの白い像が置かれ、頭上に持ち上げた指の先から水が流れていた。
智樹は磁場にはまったようにひきつけられた。
まさか、俺の家が火事になるっていうわけか?
冗談だろう?
山本は助かり、俺にお鉢が回ってきたっていうわけか?
さて、どうしたものか?
考えたってどうなるものでもないし、佐藤の引越し先ですべての隣の家で火事が起こったわけではない。
彼はソファの上に寝転がって、放心していた。
しかし、回り回ってまさか自分に降りかかるなんて?
芳恵に事情を話して引っ越すべきであろうか?
いや、そんな負け犬みたいなことはしたくない。この家は祖父の代から百年も続いた家で、庭のコオロギだって団子虫だって先祖達と同じ空気を吸ってきた間柄である。柿の実もできればビワ、梅の実もなる。佐藤が越してきたくらいでマンションや戸建ての借家に住むなんてことはしたくない。 
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