ああ、俺、間違ってたよ。シェルドレイクの仮設の場合はたがいに因果関係は前提にしてないんだった。だからこの際、関係ないかもしれない。一連の火事の事件はそれがありそうだな」
向井は言った。
 「因果関係でみるとそう見えるんじゃないかな」
 智樹は言った。
 「そうだ。自分の視点によってどのようにでも見えるんだよ」
 向井は応えた。
「ああ、わからない」
 智樹は考え込んだ。
 
    
第十章
 
 智樹は仕事場をかねた自室でパソコンに向かっていた。取材で撮ったテープを起こしながら打ち込む作業は単調だが、思わぬヒントが潜んでいて宝物を探すようでもあった。インタビューされた人々の話の内容や息遣いに耳を澄ませながらのネタになるかどうかを判断するのは調理に似ていて隠れた味を発見する楽しさがある。
 車一台しか通れない道が彼の家の敷地に沿っていて、そこから近頃トラックの排気音や重機の荒れた響きがひんぱんに起こっていた。向かいの土地に家が建てられ、完成に近づいていた。
 彼が小学生の頃、そこは田んぼであった。田植えの時期には蛙の声が大合唱になり、トンボが飛び、夏には温んだ空気が田の面から伝わってきて気持ちよかった。彼が高校生になったとき、田は埋め立てられ、整地されて駐車場になった。夜遅く車の排気音や借主の話し声が伝わってきた。ところが大手スーパーに別の土地を貸していたその地主は破産し、駐車場を競売にかけられてしまった。スーパーが倒産したために借地料の回収が出来なくなったと同時にスーパーの三階から十階までの賃貸マンションに入居が半分になったのだ。
 競売に出された土地に買い手がつき、家が建てられるているな、くらいしか思っていなかった。
 一週間後、芳恵が買い物に出かけてるとき、智樹の家のインターホンが鳴った。彼は仕事場で耳にして、玄関に向かった。
 「どなたですか?」
 ドアを開けないで声をかけると、よく聞き取れなかったが、「向かいの・・」という言葉が理解できたのでドアを開けた。

 五十半ばと思われる男がきちんとした笑顔で立ち、右手に菓子折りの入った紙袋を持っていた。 

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