智樹はそこまで聞いて焼身自殺の流れがわかってきた。
「亭主と女房は普通の仲で、亭主は特別に女好きでもなかったんだよ」
「たぶん女の更年期障害みたいのも加わって妄想が激しくなったんだろう」
「歳はまだ四十だったから更年期障害はなかったろう」
「そうだな」
「孫の女児がいたらしい。息子夫婦と同居していたんだ。他の者たちは外に働きに出掛けていたから三歳の孫を相手に遊んでいたらしい」
「その歳で孫が居るって結婚がずいぶん早かったんだな」
「二人とも中学を卒業して集団就職で東京に来て知り合い、肉屋で住み込みで働いて独立したんだよ」
「人生なんてわからないもんだ」
智樹はそこで言葉を置いた。
二人は次の事実を知った。
その時女は居間に正座し、目の前のポリ容器に手を伸ばして蓋を捻った。捻りながら安堵感に包まれて、不思議な気分になった。こんな大それた事をしようとする時にこの落ち着いた手の動きは何なのか?あたかも予定されていたように大きな力の手順に沿い、またその力と一体化している。背中から灯油を被ると、冷たい油の感触が体中に染みていった。(一緒に行こうね)と言ってそばにいた孫の腕をしっかり握った。女児は異臭におどろいたが祖母の行為を面白げに見ていた。女は右手に握ったライターを胸のセーターに当て着火した。女児は炎に恐怖を覚え立ち上がり、祖母の手をふりほどいて逃げた。玄関から素足のまま外に出て助けを求めたが、救急車が着いた時は家はすでに天井にまで火が回り炎上していた。
帰りの新幹線の中で智樹は考え込んでいた。
惨劇という点においてこの事件は佐藤隆の妻の焼身自殺と同じで、どちらも怨念である。佐藤隆に怜子の怨念が蓄えられていて引越しの先々で伝染し火事になって爆発したのではないか?
これで筋がとおるが、そんな考えかたをすること自体すでにその世界に巻き込まれていたということかもしれない。
向井に話したら、(おまえも少し変わったところがあったけどオカルトの趣味はなかったはずだがな)と一蹴された。(不安ならその分野に詳しい記者や学者はたくさん知ってるから紹介してやってもいい)と言ったので(俺だって何人も知っている)と答えた。

科学的に二つの火事が関連づけられない限り、 

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