今度の調査で連続の必然性が掴めれば記事にしようと構えていた。
大手新聞社時代の同僚で向井という男が豊田支社社会部に配属されていた。ケイタイでアポを取り、喫茶店で会うことになっていた。
同期の入社なので友達のように親しかった。よく電話がかかってきて、自分の記事が掲載されず新聞社の検閲にかけられることを嘆いていた。智樹も同じであったが新人の誰もがぶつかる壁で、壁を越える頃には課長になり検閲をかける側に立ってしまうのであった。
こなれた木のドア、そこにつけられた鈴がチリンと鳴って、開いた。
智樹がそのほうに目を向けると、向井はしばらく見回していたが、智樹を発見して手を振った。
智樹が笑顔で応えると、向かいの椅子に座り、「相変わらず元気そうだな」と、顔を見据えて言った。
十年前だった。お互いに気性が激しすぎるから記者には向いてないと嘆きあったこともあったが、彼も三十半ばになって風格にも落ち着きが出ていた。
「おまえもそうだな、お互いにそれだけが頼りだな。思い切り動き回って夜は死んだように眠るそれが一番さ」
智樹は向井が以前より肥えたのを見た。仕事上夜の飲み食いが多いので油断してるとすぐに太ってしまう。
「先ず、例の事件だな」
向井は十五年前の記事を鞄の中から取りだし、智樹の前に出した。九件目の主婦の焼身自殺である。
智樹は一週間前に彼からファックスで取り寄せていたので珍しくはなかった。
「あの火事の時はサリン事件で世の中が騒いでいたんでその事件の深追いを掲載する余白がなかったけど、掲載してれば購読者の興味をひいたろうさ。もちろん俺はその時まだ入社もしてなかったけど」
「焼身自殺した女は狂ってたんだろう?」
智樹は事件の女を指して言った。
「そんなことする状況って当然普通じゃないはずだよな」
向井はコーヒーを啜り、タバコを深く吸った。
「実は彼女は四十歳の時、子宮筋腫にかかり子宮を切り取ってしまってたんだ。実はこれが夫への嫉妬妄想になったんじゃないか、なんて俺は推測するんだけど女にしかわからん心理だろうなあ」 
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