「たしか三十年近く前に福岡に行って土産に持って帰ったことがあるのよ」
「旅行でかい?」
「そうだわ。主人と二人で鐘津に行ったのよ。だからあなたが送ってくれた宅急便の差出元の地名を見ておどろいたのよ」
「鐘津に?」
「そうよ。あなたも行ったのね」
「そうさ、取材でね。この前も例の火事の事件、少し話しただろう?」
「わたしは感じ取ったけど、良い話じゃないから聞き流したのよ。本当は深入りして欲しくなかった」
「そうだな俺の仕事なんて良い話はないよ」
「でもよく考えるとなんだか不思議で怖いわ」
美咲はしばらく考えこんでいた。
彼女は体を起こすと、二人の裸体に掛け布団を掛けた。左手で長い髪を耳の上に掻き揚げると、体をひねって横向きになり、智樹の肩を組んだ両手でやさしく抱いた。
彼の横顔と表情を澄んだまなざしで見つめた。
学生時代の美咲と徹、玲子と隆のいきさつ、そのあらすじを静かに話し始めた。玲子と隆の結びつきが仕組まれたことであることは知らなかったし、徹は二人について彼女から尋ねられたこと意外はしゃべらなかった。
智樹は目を閉じたまま、注意深く聞き入った。
彼は自分、美咲、徹、隆、玲子と人物がリンクし、絡みが進展していくと構図がよみがえり、物語中に自分が納まっていくのがわかった。彼は物語の過去から現在の現実世界の中にいきなり落とされた気分になり、おかしな迷いを生じてしまった。
三十年前の旅行中、彼女は夫の徹といっしょに隆・玲子宅を訪れた。家の中に招かれ、隆と玲子は結婚二年目で長男が産まれ、幸福なように見えた。玲子は相変わらず感情が激しかったがうれしいことの多い頃であったのではしゃぐばかりだった。
焼死事件が起こったのは三年後であった。
高橋徹は葬儀に参列したが、美咲は事件の悲惨さを知って行かなかった。
「事実は小説より奇なり、って言うけどその言葉は当たっているんだよ。おれと君が不倫の仲になることを怜子が予言してたなんて怖いな」
「そうだわ。でも彼女は自分自身の事件は予言できなかったのね」 
前
火炎p65
カテゴリートップ
火炎
次
火炎p67