人間同士にも起きるなんて初めての経験だな」
智樹は美咲の顔をしっかり見ながら言った。
「わたしもそうよ」
彼女は目を見開いて言った。
「人間の体なんて数万ボルトの電流がいつも走ってるから、あの最中なんて体が火事を起こさないのが不思議だよ」
彼は彼女を抱き寄せジワジワと(あの世界)に入っていった。
その時間、二人はすべてのことを忘れていた。
すべてのことを忘れることの時間はその時間でしかなかった。
彼女はジャンプしなかったけど、彼は射精寸前で寸止めし、持ちこたえた。昇天するまでに10回も仮性のジャンプをして快楽をたくわえていたので射精の快感は洪水になり堰をきって流れた。彼女も同じくらいの快楽をえた。
この時間、時間の感覚を忘れ、生きてることを忘れ、自分を失うことが出来る、いやそれは逆に100パーセント自分自身に成りきり、100パーセント自分が生きている至高の境地であった。(没我)であった。すべての自己喪失とすべての自己実現が反転して合致した世界である。この世界にまみえるために生きてきたのである。
智樹は高校一年の時の体験を彼女に話してやりたいと思っていた。射精をし、この境地に出会った体験を。オナニーで初めて射精できるようになったまでのいきさつを話し、その経験から彼女をオルガスムスに導いてやりたいと考えた。それはまた彼女にとって彼が初めての男になることである。
そのコースは次の機会にしよう、心の中で考えた。
「福岡の宿から送ったソウメンノリはどうだった?」
智樹はベットの上で仰向けになったまま言った。
「おいしかったあ!」
彼女の返事は弾んでいた。
「ショウガとポン酢で食べたかい?」
「うん。あんな歯ざわりって初めて経験したわ」
「そうだろうとおれも思ってた。あれは高級料亭でしか食べれないもんで地元の人も年に一、二度しか口に入らないんだって。オキュウトは袋に入ってた説明書どおりに作れたかい?」
説明書には沸騰した湯の中で二十分ほど湯がいて、火を止め、酢を水の二十分の一くらい入れて冷ますと程よい固さに仕上がると書いてある。
「何十年か前に一度作ったことがあったから要領はわかっていたわ。あの香りはまさに潮の香りって感じだわよね」
「何十年か前?って言ったけどオキュウトのことを知ってたのかい?」
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