やはりお寺に供養に持って行こうと思い返したが、そのままにしてしまった。
その夜、ベットの中で、芳恵と寝た。
彼女は彼のほうを向いて両手を組み、彼の肩を抱いていた。自分の妹のような女であった。
玄海灘の旅館に泊まり、漁火を見ながら露天風呂に入った話をし、来年の初夏に家族で行こうと約束した。
「こんな話を友達から聞いたわ」
「どんなことだい?」
「ある夫婦のことやけど、新婚の頃、きゅうに夫が夏ミカンを買ってくるようになったんやて。具合の悪そうな顔をして、三つも四つも夕食後に食べるんやて。奥さんは最初の頃は仕事の疲れが溜まってるからあんなに食べるんやろう、って考えてたんやけど、それが一週間も二週間も続いたんやって。ほんでな、もしかしたらと考えて奥さんが産婦人科に行ったんやって」
「そしたら、妊娠してたんだろう?」
「そうなんや。そやけど奥さんは悪阻がまったくなかったんやって」
「旦那が悪阻になってたのか?」
「そうなんよ。あんたにはそんなことなかったやろう」
「もちろんだよ。男だもの」
「二番目の子の時も三番目の子の時も同じことがご主人に起こったんやって」
「身代わり地蔵みたいだな。ご主人は初めての時、女が妊娠したら悪阻が起こるって知ってたのかい?」
「知らなかったんよ」
「じゃあ、どうしてそんなことになったんだろう?」
「それがわからへんのよ」
妻は言ったまま黙り、眠そうに欠伸をし、背中を向けた。
悪阻の症状が夫に転移したのだろうか。知らぬうちに乗り移る、そんなことが有り得るだろうか?
彼はまどろみながら、閃きが起こりつつあった。
先ほど息子といっしょに観たのはテレビの動物番組だった。
母親のライオンと生まれて間もない子ライオンが画面に現れた。母親のライオンが獲物を捕りに出かける時、子ライオンに小薮の中に隠れてじっとしておくように伝えて出かける場面であった。
子ライオンは母親が戻ってくるまで小薮の中に隠れていた。
言語を持たない彼らがどのような方法でその指示を伝えたのか?と不思議がるのは人間中心の考えのせいであろう。彼らは言語より確実な情報伝達手段を持っているのである、人間が失ってしまった情報伝達手段を。
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