口に含むとその柔らかさに戸惑いながら、オイチイ、と智樹の目を見て言った。
鐘津の土産にオキュウト草を買って来た。天日干しで乾燥させたもので、水の中に入れて湯がき、酢を入れて固めると出来上がる。
口に入る大きさに切り、ゴマを塗し、ポン酢を掛けて食べる。
「こっちのスーパーでも調理したんを売ってるんやけど、香りも味わいも全然ちがうんや。こっちのはコンニャクみたいやけど、これは磯のかおりがするしこの歯ごたえは最高やわ」
妻の芳恵は言った。ビニール袋の中に添付されていた説明書どうりに調理し、うまく出来上がったので満足していた。
彼女の夢はヘルシー・レストランを経営することであった。不況だと世間は騒ぐがまだまだ肥満症や糖尿病患者が増えている時代である。
彼女は智樹の女性関係を探ることもない、自立型の女である。賢くしっかりしているから、決断は早いだろう。離婚する時は、身勝手な予想だが、素早く動くと、智樹は読んでいる。その時、智樹は息子だけは離したくないと思う、勝手なことだろうが。
智樹が芳恵に(クリーニングに出そうか?)と言いながらズボンを渡すと、彼女はポケットの中を素早くまさぐった。「あら、汚いハンカチ!」と言ってテルテル坊主を取り出し、端っこを摘んで彼に見せた。「あー、大事なものだった」と彼は受け取り、さてどうしようか?と考えた。
妻に親子心中の事件は知らせたくも関わらせたくもなかった。不吉な事件である。
「これはイワクのあるもんだから」
と言いながら、処分に迷っていた。
捨てるわけにはいかないし、家の中に置いておくわけにもいかない。
供養するのが一番良い方法だが、僧侶を呼んだり寺に持って行くかせねばならない。彼は宗教をきらっていたから面倒であった。
智樹は白い綿生地を芳恵に探させ、上から包んで新しいテルテル坊主を作らせた。マジックでヘノヘノモヘノで顔を描き、二歳半の息子につるす意味を話しながら、二体を物干し竿のはしにぶら下げた。
テルテル坊主は風を受けるとゆっくり回り、笑顔を見せた。
「どうしたん?こんなことして」
妻は彼のそばに寄り、テルテル坊主を見ながら言った。
「いや、ちょっと事情があって」
彼は答えて、自分の軽はずみなやり方に気づいた。
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