目の前のコップを強く握った。
「あの女の霊に取り憑かれとるんや。しゃべると余計に思い出してしもうて」
「隆さんは火事の後はどうしたんですか?」
「しばらくショックを受けていましたが。大手生命保険会社で働いてましたから、セールス・レディもたくさん抱えとって女関係もだいぶあったらしいですけ、転勤して別の女と一緒になったという話です。時々帰郷してたようですが、あまり顔を見せません」
男は波止場に目を向け、夕陽が傾いていく方に放心していた。
「隆さんの女性関係も放火に原因があったんじゃないですか?」
智樹は言って波止場に目を向けた。
顔の半分を水平線に隠した太陽が形をグニャグニャに変えて不気味な様相になっていた。
「あったでしょう。隆は母親と女房の諍いの間にはさまれて外泊が多くなっていましたし、いつも生保レデイに囲まれていましたからね」
男の言葉を聴きながら、智樹はグニャグニャした夕日は雲がかかったせいなのかと考えたり、あの形は写真か映画で見たことがあると思った。
「葬式はどうでした?」
「身内だけでひっそりすませましたが、玲子の母親と姉は実家の宇都宮から電車を乗り継いで、飛行機でやってきましてね。中規模農家で米と野菜作りをしてましてね、戦前は蚕を飼うとったらしいです。二人とも素朴な人で口数が少なく、ご存じのような娘でした、とだけ言って目頭をなんども押さえてたらしいですね」
言葉を置いて男はつづけた。
「あの土地は買い手がつかんとですよ。うわさが消えん限り、家も建たんし人も住まん」
男はもっと喋りたがっていたが、智樹は一応の事実確認を終えたと判断した。焼酎の瓶は空になっていた。男に礼を述べると、新しい焼酎のキープを自分の金で頼み、店を出た。
ホテルに戻り、ビールを飲み、タコや鯖、ハマチの刺身を食べた。天然物だから格別の味があった。
屋上に露天風呂が設けてあって、枇杷風呂、ドクダミ風呂、柿の葉風呂、ヨモギ風呂と順番に入れるようになっていて、雨の日に備えて東屋が設けてあった。
高い場所の露天風呂に入ると、沈んでいく夕日が見えた。 
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