店のベニヤ板の壁が燃えあがって火の粉を巻き上げ、すごい火の勢いでした。天井のホースから漏れたパチンコ玉が床に飛散っていました。そして、空一面燃え上がって」
「玲子さんでしたね、彼女はまたどうしてそんなことをしたんですか?」
「長男の姉やら弟やら、父やら母やらに苛められてオカシクなったとですよ」
「オカシクなった?」
「うちはもう店をたたんで三十年にもなりますが、呉服屋をしよったけあの女は店にもチョイチョイ来たことがあります。どういうんでしょうかねえ、邪推やらデシャバリやら妄想やら過剰反応が強くてですね。人付き合いがぜんぶ壊れてしまうとですよ。おまけに佐藤家や隆の女遊びを近所の者にしゃべり回ってですね、感情が高ぶると自分がしゃべってることが後でどうなるか判断を失うんですよ。うちの母があんまりひどいことを言うんで、そんなに身内の悪口言うとは、天に唾するもんよ、ち言うてもわからんとですよ。唾が自分の顔に落ちてくるち言う意味ですけどね。パチンコ屋の客も減ってですな、床に落ちたパチンコ玉を拾って親に渡す子供がおったら叱りつけてですな、警察に通報するとまで言うんですよ、お客さんですよ相手は」
「なんでそんな女の人と結婚したんでしょうか?」
「男と女のことですけ、それはわかりません。隆は頭の良い優しい男で、東京で学生時代にあの女と知り合ったらしいです。私もこの歳になるまで生きて来て、男と女の出会いはつくづく不思議なものだと思うとですよ」
「二人が結婚した頃はどうでした?」
「それはあの女はスタイルが良くて美人でしたから、隆と二人で車に乗って街に買い物に出掛けたりして幸福そうでしたよ。子供が出来てからは子供を連れて彼女はうちの店によく来ました。快活で声の大きな女でねえ、一見サッパリした女に見えるんですよ。近所の主婦たちとも親しくなっていっしょに海草を採りに
行ったりして仲が良かったんですよ」
「その調子で進まなかったんですか?」
「どう言うたら良いんでしょうかね、あの女の地が出てきたんでしょうね。パチンコに負けた客が店の中に毒を巻いてると言いふらしたり、客が(玉が出らんやないか!出せ!)とパチンコ台を叩いたりすると、警察を呼んだりしたとですよ。俺はなんでこんな話を始めたんやろうか、思い出したくもないんやけど」 
男は言って顔を伏せ、黙り込んだ。 
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