「美味いですね、このチャンポン」
智樹は言って、汁を啜った。
最後の汁まで啜ったのでどんぶりはすっかり空になっていた。
彼女は船の方に意識を外したまま黙り込んでいた。
彼は言葉の続きを待っていたが、返って来なかった。
「お客さん、あなた、知っとって探りを入れようとやないですか?あの火事は余所者が来て放火していったとですよ、誰に訊いても知っとる」
彼女は不意に言って、空のドンブリに手を伸ばした。
その行為は彼が店から出ることを催促していた。
「余所者がですか?」
彼は尋問するような言葉に気が引けたが、その言葉しかなかった。
「パチンコで負けた男が腹いせにね」
「ほう?」
新聞記事にある内容とは違う。
明らかに嘘をついており、理由があるようだ。
自分の誘導の仕方が下手だと反省した。
新聞記事の内容を持ち出せば相手の警戒心を強めるだけで、事実を話させることは難しいと考えた。
彼はしばらく黙り、船溜まりの方に目を向けた。漁船がホサキを並べ、集魚灯が連なってにぎわっていた。夕陽を浴びて電球が輝いていたが、そんな光景に関心は薄かった。
「こっちに来て酒の相手にならんですか!」
部屋の奥から男の濁声が送られてきた。
目を向けると、視界からほとんど隠れた窓辺でイガグリ頭の男が顔を向け、コップを掲げて彼に笑いかけていた。
「これは好都合でした。私も話相手が欲しかったんですよ」
智樹は言って歩み寄り、彼の前に座った。
「酒も飲みたかったし」彼は注文しようと考えていたところであった。
男は二階への階段の下に位置して、客席に背中を向け、船溜まりと夕陽の向かう椅子に座っていた。
「さっきからおたくの話は聴きよりました。焼酎で良いですか?キープしとるのがあります」
智樹が頷くと、彼はコップをママに持って来させた。
「ママ、旦那が一ヶ月ぶりに東シナ海から帰ってくるけ、会いたかろう?早う帰って美味しいもんば食べさせちゃんないよ」
彼が言うと「理恵ちゃんがもう来る頃たい」彼女は交代番の女の名前を口に出して笑った。
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