隆の長男だった。火事で亡くなった者であることが新聞記事に載っていた。いたいけな子供の焼死が彼に強いショックを与えたのは同じ年頃の男児を彼が二人持っていたからであった。
 もう一つのテルテル坊主を佐藤真、と読み取った。玲子に背負われていた赤子である。
 三十年前の焼死者であった。
 彼は手に取り、二つともズボンのポケットの中に仕舞いこんだ。
 彼は地面や隣家との境のトタン塀を丹念に見渡して、火事の証拠品を探したが発見出来なかった。
気持を取り直して、通りに出た。
看板が目にとまったチャンポン屋に入った。東京にも大手のチェーン店があるが、九州は本場であるし片田舎の店ほど味を工夫していることを彼は知っていた。
手垢のついたノレンをくぐり、見回した。テーブル席に泥のついた長靴の脚を投げ出すように座った小男が目に入った。汚れた野球帽の下で間延びした顔が笑みを浮かべ、コップのビールを喉に流していた。
智樹は東京ではまず見られない表情を珍しげに見、九州の田舎に自分が居ることを実感した。が、相手は彼を瞥見することもなかった。
「風は変わったか?」
向かいの相棒が彼にぶっきらぼうに訊ねた。
「うんにゃ。今日は変わらんばい」
背を屈めたままの小男はつぶやき、薄い無精ひげが見えた。このまま酒を飲んでる方が楽しいと言う表情だった。
相棒は顔を背中に回した。窓ガラスの先で波止場の吹流しが棚引き、東風を示していることを知ると、にんまり笑ってビールを口に運んだ。
風が沖から吹き付けた場合、漁師の設えた網は岩場に流され、引っかかってしまうから、彼らにとって風向きは重要なことであった。
智樹は二人の表情を眺め、気分を安らがせた。
 「チャンポンを大盛りで、下さい」
 智樹はカウンターに腰を下ろし、調理場で鍋に目を落としていた初老女に声を掛けた。
 彼女は(いらっしゃい)とも言わず、彼の顔をまともに見ることも無かった。
スープの入ったフライパンをガスコンロに掛け、冷えた麦茶をコップに入れて出した。無愛想というのではなく、自然な振る舞いでなのであった。 
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