あたりを見回しながら、火炎の痕跡をうかがっていた。
 事実を知らない者にはただの更地にしかすぎなかったが、彼は生々しい事件の痕跡を探していた。母と二人の子供が焼け死んだのだが焼けた跡は見当たらなかった。
 市の図書館を訪ねて三十年前のローカル紙を探した。新聞は十年分しかストックがないという返事であった。仕方なく業界の仲間に探してもらい、情報を取った。ファックスでホテルに流してもらい記事を読むと、三面に大きく取り上げられていた。パチンコ店から火が出、燃え広がった、夜空が燃えあがるように火炎が舞い上がり、火の凄まじさと消火活動、車の渋滞、野次馬の写真しか出ていなかった。手押し式のポンプだったので消火に手間どったとも記事にある。午後八時、休店日であった。
 全焼で、主婦と十ヶ月の乳児、三歳の男児が黒焦げの状態で焼死していた。消防隊員といっても消防服を着た漁民が緊急にかりだされたのだが、床面に落ちたパチンコ玉に足を滑らせ、頭上から落ちた梁に頭を打って怪我をしていた。
 更地はトタン塀で仕切られ、隣の衣料品店と金物屋から半ばかくされていた。道路側は剥き出しのままであった。荒いコンクリートで埋められ、その隙間から夏草が顔を出しているだけで、何もなかった。
 通りには人も車も姿を現さなかった。
 彼はどこからか小さな鈴の音が揺れるのを耳にした。
 不思議な気分になった。
 目の前で、枯れ葉が風に吹かれてコンクリート面を擦り、埃が小さなつむじ風の中で渦を巻いていた。
 彼は生を感じた。
 鈴の音の方に目を向けた。洋品店の縁側で風鈴が風を浴びて音をたなびかせているのが見え、彼はその音色に懐かしさを覚えた。
 見上げると、柿の枝がトタン塀を超えて伸びていた。
 珍しい物がその枝に付いていた。
 すっかり黒ずんでいてなにかわからなかった。
 二つのテルテル坊主であった。紐を枝にからみつかせていて、風に吹かれて時々回った。
 どこにでもあるように(ヘノヘノモヘジ)の顔を出し、顔を隠し、また見せる。笑っているように見えた。彼は手を伸ばして取り、確かめた。
 実は(ヘノヘノ)は判読出来ないほどぼやけていたので、表情はなかったのだが智樹は刷り込まれていたイメージを見たのだった。ヒレの布地に、佐藤満、と墨で書いてあると彼は読みとった。判読しにくかったが、彼の脳は佐藤満と読んだ。 
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