何食わぬ眼差しである。
「じつはこれも噂なんですけど、佐藤さんの実家、九州の福岡県なんですけど、そこも火事で焼け出されたらしいんですよ、最初の奥さんと生活していた時ですけどね」
その言葉に智樹は意識を集中した。
「佐藤さんの実家が火事だった?最初の奥さん?」
と言って、推理をはたらかせた。
火事の付きまとう男?
奇怪さが閃いた。
「しかも、怖い話ですが、母親と子供の心中だったのです」
山本は表情を変えなかった。
高橋徹がら吹き付けられた内容だったで直接には知らなかったのだ。
「心中?」
「赤子を背負い、自分の体に灯油をかけたんですよ。三歳の息子の手を強く握ってライターで火をつけたということです」
智樹は絶句した。
彼はそれが玲子であったことも玲子という女のことも知るはずはなかったし、高橋徹との関連も知りはしなかった。
「しかも彼女は受話器を握って誰かとしゃべりながら笑っていたということです。話しの内容はわかりません。佐藤隆さんの同僚が噂をしてるいうことです」
山本も智樹も黙り込んだ。
「しゃべりながら笑っていた?」
智樹はオウム返しに言って絶句した。
あまりにも悲惨である。
避けるべきであろうか?
勉が言ったのはこの火事に関わるなということだ。
新聞記者はヤクザな稼業だということは十五年間の経験からじゅうぶんにわかっているが、自分の力の及ばないときは避けるべきである。命取りになる前に。
だが、話は聞いてしまった。
その悲惨な事件は彼の意識下に入り込み、深く静かに降りていった。暗い深井戸の中を伝いながらロープは左右にのんびりゆれていたが一直線になって伸びていき、着地点を求めている。
はっきりした事実を確かめないとその事件は彼の意識に刷り込まれ、保存されてしまう。放置して忘れることもできるが、刷り込まれたとすればその下地があるからであろう。
コーヒー代は智樹が払い、山本を車でバス停まで送ってやった。
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