「実はこの前、金庫の中にしまっていた賃貸契約書がなくなったのですよ、私が貸しているマンションのものですけどね。誰かが家の中に侵入して盗んだんですよ。私をあの戸建ての団地から追い出そうとしてるんですよ。孤独死でもされたら気味が悪いから、身寄りのない独居老人を嫌がってるんですよ。普通のアパートでは審査が厳しいから入居が難しいでしょう。この前、防犯パトロールのタスキをかけた爺さんたちが回って来て、元気ですか?って声をかけてきた。生きてるかどうか確認してたんですよ。彼らは妻子がいて安全地帯にいるんですよ」
 山本は時々、顔を仰け反るような仕草を見せた。頭が後ろに引っ張られるような感じだった。
 チックという一つの神経症であろう。
 「思い切ってあなたが持っているマンションに住んだらどうですか?」
 「それがですね。長年住み慣れた家を離れにくくて」
 山本は言い、智樹はそこに老人くささを感じながら彼の目が一瞬硬化したのを見た。
 「ちょっと、この辺りをぶらついてきます」
 山本はいきなり立ち上がり、そのまま喫茶店の外に出て行った。
 智樹は不思議になった。
 真剣な話をしているのだから、ぶらついてきます、と言って席を外すのは理解出来ない。それに初対面の相手ではないか?散歩をしたいのであれば独りになった時にいくらでも出来るではないか。
 放任するしかなかった。
 智樹は両腕を組んで背中を椅子の背もたれに預けた。
火事の出来事はシリーズものの記事にすると売れるかもしれないと考えた。(市民新聞)は購読者との距離があると批判されていたが、世間に注目され、発行部数が飛躍的に伸びるかもしれない。オーナーは大喜びし、大手新聞社から自分をスカウトしてくれた恩返しが出来る。
智樹のケイタイが鳴った。
勉の表示が出たので、ボタンを押した。
「お久しぶりです。元気してますか?」
彼が電話を入れる時は機嫌の良い時である。
「おー、お前さんとちがって元気でなきゃあやってられないよ」
「それは嫌味ですかね?」
「どう受け取ってもらっても良いさ」

「ぼくのことは何もやってない男と思ってるかもしれないけど、イメージ・ハンターなんですよ」 

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