私がどう答えるかで佐藤さんに差しさわりがあるかないか別にしてですよ」
智樹は言い、二人は黙り込んだ。
佐藤が放火をしたわけではないから、刑事、民事問題にもならない。
山本は口を開いた。
「私は妻とは離婚して独り住まいなんですけど、いつか戻って来てくれるだろうし、老後をいっしょに過ごして看てもらいたいんです。長男は自分達を捨てた私を憎んでいます。彼は四十に近くなって結婚もしていません。仕事には就いています、私は成長した彼の顔をいつか見たいのです」
智樹はその言葉に彼の孤独を感じとった。
女は産んだ子が成長し離れていっても臍の緒でつながっているが、男には紐帯がない。あるとすれば一緒に過ごした記憶くらいのものであろうが、それ記憶にしかすぎない。
「その気持ちはわかりますね。うちの子は上が五歳ですけどいずれ離れていくんですね」
「その頃が父親にとっても一番楽しい時ですよ」
山本は子供と過ごした頃を思い出していた。
「佐藤さんとはうまくいってるんですね?」
「はい。六十歳で退職され、借家に夫婦で住んでらっしゃいます。レンガ造りの家を新築してると言って期待してるようです。夫婦仲も良いし、息子さん夫婦も子供を連れて遊びにこられます。ただ、佐藤さんの奥さんは二番目だということです」
山本はコーヒーを、啜った。
ズボンのポケットからタバコを取り出したが、箱の口に指をかけたまま開かなかった。節煙と節約の意志が迷わせていたのだ。
間が持てないようだった。
山本には友人が少なかった。趣味もなく、老人慰安のイベントやコミュニティ・センターの談話会などに参加して時間を紛らわし、出来るだけ金のかからない生活をしているが、年金に加入してなかったので年金も支給されない。賃貸に出している中古マンションの三つの部屋、一戸建ての家、その二件には入居がなく、価格も下がり、維持管理費や修理費、固定資産税の支払いに追われて苦しいと話しはじめた。年金代わりにと考えて買ったのだが、経済不況が不動産業に及び、出生率の低下とあいまって経済不況は長期化の様相をみせていた。不景気がこのまま続けば買い手も借り手も現れないし、管理費用も払えず借金になってしまうと愚痴を零した。
智樹はうなずきながら、聞いていた。
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